2023-01-01から1年間の記事一覧

追記231231 HSP90は特定の表現形質をつくる(potentiation) HSP90が変異遺伝子の表現形質を支える場合もある。例えば、出芽酵母の野性株を高濃度の代表的抗菌剤であるFluconazole(以下FLと略す)で処理すると、低頻度ながらHSP90を高発現しているFL抵抗性…

231231投稿 酵母プリオンの項目を書いているうちに、酵母のHsp90の進化における役割は、ショウジョウバエやArabidopsisとケースとかなり違うので、話を戻して酵母Hsp90について触れる。 出芽酵母の薬剤抵抗性とHsp90 通常、Hsp90が作用するのは不完全なfoldi…

231212投稿 これから述べることを要約すると次のようになる。 プリオンが細胞に感染すると、それまで隠されていた遺伝的形質が表現型に変わる。 その表現形質を有する細胞あるいは個体が自然選択あるいは人為的に選択され、継代される。 継代選択を繰り返す…

231204投稿 雑録1.映画大林宣彦監督「廃市」について この映画は、映画館では観たことがない。もっぱら、夜中に酒を飲みながら、BD版を観ている。題名は暗い内容を予感させる。原作は福永武彦で、題名に添えた北原白秋の「…さながら水に浮いた灰色の棺であ…

231201投稿 プリオンは細胞にストレス適応を付与する プリオン(正常型プリオンタンパク質が異常型プリオンタンパク質に構造変化してできた凝集体)が生物個体や細胞の形質を変化させることは、ヒトのCJ病やウシの狂牛病などがプリオンによって引き起こされ…

231130投稿 HSP90は環境変化に適応して新規の表現型をつくる これまで、Hsp90が変異遺伝子の発現を抑制してため込むcapacitorとしての役割について書いてきた。しかし、Hsp90が変異遺伝子の表現型(特に適応型表現型)を支える場合もある。例えば、出芽酵母…

231126投稿 昆虫少年だったころ 生物医学系の研究者には、昔の昆虫少年が多い(昆虫少女はあまり聞かないが)。僕もその一人だった。いわゆる蝶屋だったが、標本コレクターではなかった。家がそう豊かではなかったので、北海道や九州といった蝶採集のフィー…

231122投稿 問題点の整理1 これまで書いてきたことを振り返ってみる。このブログは、Waddingtonのgenetic assimilationについての記述から始まっている。彼は、ストレスによって生じた新しい表現形質が選択継代を続けるうちに、polygenicな形質に変換するこ…

231111投稿 変異遺伝子を隠すメカニズム これまでに、Hsp90の機能欠損によってさまざまな形態異常が誘起されること、すなわち、分子シャペロンHsp90が変異遺伝子silencing系において重要な役割を担っていることを、いくつかの具体例によって紹介した。クロマ…

231106 投稿 piRNA合成系におけるHsp90/FKBP6の役割 ここでは、piRNA合成系おけるHsp90の役割について簡単に触れておきたい(piRNAの生合成と機能については、文献25の総説に詳しい)。piRNAの素材となるRNAは、piRNAクラスターと称するゲノム領域(多くは…

231104訂正 231031投稿の記述で、Tariqの論文を文献20としましたが、正しくは文献24です。 231104投稿 Hsp90の欠損はtransposonを活性化して遺伝子変異を誘発する 文献20と21の説明において、piRNA-silencing経路がKr遺伝子の発現を抑圧していること…

231031投稿 Hsp83タンパク質とTrxGタンパク質の直接的相互作用 ショウジョウバエの発生において、Polycomb Group (PcG)およびTrithorax Group (TrxG)タンパク質は、homeotic (Hox)遺伝子による体節形成を調節している。Rutherford & Lindquistは、ショウジョ…

231015投稿 Hsp90とシグナル依存的転写制御 Hsp90がクロマチンレベルでの遺伝子発現の調節を行っていることは、多くの証拠によって示されていた。例えば、外的シグナル条件が変化したときに、p23(Hsp90の cochaperone)やHsp90が、DNAに結合しているHR複合体…

231008投稿 Hsp90依存的Piwiリン酸化の関与 ショウジョウバエのKrlf-1変異はKruppelタンパク質の異所性発現を誘導する。Hs083およびTrxグループの遺伝子変異がその異所性発現を増幅し、眼の異常を引き起こす。これが、先に述べたSollarsらの研究結果である。…

231005投稿 継代実験:増幅された携帯異常が第二の遺伝子変異に非依存的になる KrIf-1とHsp83変異あるいはTrxG変異遺伝子(例えば、Hsp83e3Aあるいはvtd3)のかけ合わせによって得た仔ハエの中から、眼の異所性発現を示している♀の個体を選択し、正常な♂と交…

231004投稿 Hsp90とepigenetic因子の共同作業:Sollarsらの研究結果(2003年) Hsp90が、変異遺伝子による異常形態の発現を抑圧するメカニズムとして、第一に、タンパク質レベルのbuffering反応が考えられる。すなわち、Hsp90が分子シャペロン効果を発揮して…

230926投稿 洞窟魚の眼の欠損を支配する変異遺伝子 これまで言及してきた研究は、どれも実験室内で行われたもので、その結果から推測された「変異遺伝子を隠す仕組み(genetic capasitor)」とか、「刺激によって表れる変異表現型の遺伝的固定(genetic assi…

230918投稿 Hsp90変異と異常表現型の発現:Arabidopsis(アメリカシロイヌナズナ)のケース Lindquistたちは、Arabidopsisを使った研究でも、同じ問題に突き当たった(文献15)。多くのArabidopsis実験用育種株に対する、Hsp90阻害剤geldanamycin A(GDA)…

230916 投稿 さらに追記 R&Lは、HE2株をHsp83 19F2株に戻し交配し、産んだ卵を異なる温度で生育させた。興味深いことに、25℃で生育したHsp83 19F変異を有する個体の約20%が眼の異常表現型を示したのに対し、32℃で生育した場合、80%の個体に目の異常が認めら…

230914投稿 前回の項目への追記 R&Lは次のように考えた。 1.ハエの眼の異常にかかわる遺伝子の変異allelesが複数ある。1個体の中にある変異allelesの数が、Hsp83のbuffering作用の限界値を超えたとき、個体がHsp83 (+/+)であっても眼の異常があらわれる(…

230910 投稿 多重遺伝子変異が原因か? HE株において、「異常表現型の基となる変異遺伝子がHsp83によるbufferingを受けないように変化した」、とはどういうことなのか。この問題にたいして、Lindquistたちは、多重責任遺伝子仮説による説明を考えた。以下、…

230908 投稿 R&Lによる選択形質の継代実験 交配実験例を見てみる(図2)。変異Hsp83(19F2)をヘテロにもつハエとラボ株Hsp83(+)とをクロスし、眼が形態異常を示すF1♂を選んだ。このF1♂を同じクロスから生まれた形態が正常なF1♀(Hsp83 19F2/+)とクロスし…

230907投稿 再訂正 文献9. Yahara, I. Genes to Cells, 4: 375 (1999) Hsp90の遺伝子変異に対するbuffering作用 1998年、RutherfordとLindquist(R&Lと略す)は、分子シャペロンHsp90が変異遺伝子を隠す(buffering)という衝撃的な研究成果を報告した(文献…

追記です。 文献9.Yahara, I., Genes to Cells, 24: 1 (2019)

230902投稿 Waddingtonの研究結果(1956年) 次に、現代の分子遺伝学の立場では、納得できない結果に至った実験結果を紹介する。Drosophila Oregon株(OrK)の受精卵(採卵後2.5から3.5時間)を25minエーテルガス処理したところ、bithoraxフェノコピー(4枚…

Waddingtonの研究結果(1953年) 科学では、結論がどうやって導かれたのを、別の研究者が検証することが必須なので、こまかい話になるが、以下に記す。もちろん、私自身の理解促進ともなるので。 Waddingtonが1953年の論文(文献3)に発表した研究データは…

追記:文献です。 Goldschmidt, R. Z., ind. Abstl., 69: 38 (1935) Waddington, C. H., Evolution, 7: 118 (1953) Waddington, C. H., Evolution, 10: 1 (1956) Gerhart, J. & Kirschner, M., “Cells, Embryos, and Evolution” Blackwell Science, Inc. Mas…

Genetic assimilation Drosophilaの受精卵や蛹を特定のストレス(例えば、熱ショックやエーテル処理)にさらすと、ある種の遺伝的変異体と同じ形質異常を示すハエが現れる(フェノコピー、文献1)。フェノコピーはストレス応答の結果であり、ハエにとっては…

まえがき

「進化」を、遺伝情報のセントラルドグマを基にして考えるとき、「遺伝子変異」と「表現形質の自然選択」が二つの基本事象とされる。「遺伝子変異」は“偶発的”に生じ、「自然選択」は結果的に生き残ることだから、このタイプの「進化」のモデルは、生物個体…