230918投稿

Hsp90変異と異常表現型の発現:Arabidopsis(アメリシロイヌナズナ)のケース

Lindquistたちは、Arabidopsisを使った研究でも、同じ問題に突き当たった(文献15)。多くのArabidopsis実験用育種株に対する、Hsp90阻害剤geldanamycin A(GDA)の作用を調べたところ、多様な形態異常が認められた。興味深くかつ示唆的なのは、Arabidopsisの場合、GDA処理なしでも、ごく低頻度であるが形態異常が認められる場合が多いことである。これらの株をGDA処理すると、GDA処理しなくても低頻度で認められたタイプと同じ形態異常が、高頻度で、しかも異常の程度が増幅されて観察された。すなわち、通常はHsp90によって、不完全にではあるが、隠されている各株に特有の変異遺伝子があり、それらがGDAによって解放され、株に特徴的な形態異常をもたらしたとするのが、Lindquistたちの解釈である。さらに、形態異常を示す株どうしを交配すると、GDA処理なしでも、高頻度で形態異常を示す株が得られた。

ギリシャの発生生物学者P. Hatzopoulosたちは、ArabidopsisのHsp90の欠損と植物体の形態異常の関係を調べているので(文献16)、言及しておく。Arabidopsis thalianaは7個のHsp90遺伝子を持ち、その中の4個(Hsp90-1~Hsp90-4)がサイトゾルに局在するHsp90をコードしている。これら4個のHsp90遺伝子のそれぞれのホモ欠損変異体を調べたところ、一部の種子からの発芽が認められなかったものの、どれも致死的ではなかった(もちろん、4個全部をつぶせば致死的になる)。ただし、これらのHsp90遺伝子各アイソフォームのホモ欠損変異体では、種子の形態からはじまって、子葉や成熟植物体の形態に多岐にわたる異常(Hatzopoulosらは、便宜上4種類に分けている)が認められた。Hsp90変異体に認められた形態異常がきわめて多様であった。さらに、4対のHsp90遺伝子がすべて野生型であっても、植物個体をストレス(高温や非生理的pHなど)にさらすと、ストレスにさらすタイミング(種、発芽時、成熟植物体など)、ストレスの強度、ストレスの長さなどに応じて、さまざまなタイプおよび程度の形態異常が生じる。なぜ、ストレスが形態異常を引き起こすかというと、ストレスによる細胞の損傷(例えば、タンパク質の変性など)がHsp90の緊急動員を発動し、正常な発生過程を保護するHsp90の作用が弱まるからとされている。なお、ストレスはストレスタンパク質Hsp90の合成(転写と翻訳)を活性化して、ストレスの細胞への影響を緩和するが、それでも短期間のHsp90欠損状態が形態異常を発生させる。

  1. Queitsch, C. et al., Nature, 417: 618 (2002)
  2. Samakovli, D. et al. J. Exp. Botany 58: 3513 (2007)