231104訂正

231031投稿の記述で、Tariqの論文を文献20としましたが、正しくは文献24です。

 

231104投稿

Hsp90の欠損はtransposonを活性化して遺伝子変異を誘発する

文献20と21の説明において、piRNA-silencing経路がKr遺伝子の発現を抑圧していることにふれたが、もともとこの経路は染色体に組み込まれているtransposonsの活動を抑制する系として研究されてきた(文献25)。したがって、Hsp90の欠損がpiRNA-silencing経路による抑圧を解除するのであれば、それにともなってtransposonsが活性化し、ゲノムの不安定性および遺伝子変異を誘起するはずであると、Specchiaらは考えた(文献26)。

 Drosophila Hsp83の変異遺伝子Hsp83^scratchはホモでも致死的にはならないが、male sterileである。Hsp83^scratchホモ変異体のprimary spermatocytesには、casein kinase 2のβsubunitを主成分とする結晶構造体が現れる。これは、通常piRNA-silencing系によって抑制されている、反復steエレメント(CK2βをencodeする)の転写が、Hsp83欠損のために活性化されて、過剰なCK2βが産生されたためである。野生型のHsp83ではこのような結晶構造体はみられない。実際に、Hsp83変異体では、steやtransposonsに対するpiRNAsの産生が抑制されていた。

 Transposonsが活性化されると遺伝子変異が誘発されるが、Hsp83^scratchホモ変異体を3,220匹調べたところ、30個体に形態的変異個体が見つかった。Hsp83野生型のハエでは、異常形態はほとんど認められなかった。

Hsp83変異体で約1%の表現型異常が見出されたことは、LindquistらがDrosophila Hsp83ヘテロ変異体のストックに見出された形態変異を示す個体の出現頻度とほぼ同じである、との意味深長なコメントが論文に書いてある(文献26)。このコメントの意味するところは次の通りである。すなわち、Lindquistらは、「Hsp83野生型のハエでも、Hsp83遺伝子変異体のハエでも、どちらも同じ数の遺伝子変異を持っている。そして、その変異遺伝子は野生型Hsp83個体では隠されていて表現型にはならないが、Hsp83変異体では変異遺伝子を隠すことができないので形態異常になる(個体が1%程度ある)」と主張している(文献10)。一方、Specchiaらは、「Hsp83変異体には表現形質にかかわる遺伝子変異が1%あり、それがそのまま表現型に現れる。野生型Hsp83にはそのような遺伝子変異はもともとない」とする。この立場の違いは決定的で、Lindquistらは「Hsp83は変異遺伝子を隠す」といい、Specchiaらは「Hsp83はtransposon活性を抑制することで、遺伝子変異がおこるのを防いでいる」とする。

 Specchiaらは、Hsp83^scratchホモ変異体から、優性変異体Scutoidに似たハエを選び、Scutoid変異の原因となるnoc遺伝子のDNA塩基配列を調べたところ、欠失変異を確認した。これだけだと、「Hsp90は変異遺伝子を隠す」という、Lindquistのモデルはダメで、「Hsp90変異はtransposon活性化を介して遺伝子変異を誘発する」という、Specchiaらのモデルが正しそうであるが、そう簡単ではない。既に記したように、Sollarsらの研究によれば、もともと存在したKrIf-1変異は野生型Hsp83を持つ個体では異常表現型にならなかったが、Hsp83変異体では異常表現型が顕在化した(文献20)。これはLindquistのモデルと同じである。そもそも、Specchiaらも書いているように、二つのモデルは排他的ではないので、どちらのケースもあると考えておくべきであろう。

  1. Ishizu H. et al. Genes & Dev. 26: 2361 (2012)
  2. Specchia V. et al. Nature 463: 662 (2010)