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洞窟魚の眼の欠損を支配する変異遺伝子
これまで言及してきた研究は、どれも実験室内で行われたもので、その結果から推測された「変異遺伝子を隠す仕組み(genetic capasitor)」とか、「刺激によって表れる変異表現型の遺伝的固定(genetic assimilation)」が、実際の自然界における「進化」とかかわっているか、という問題には踏み込んでいない。この批判に応えようとしたのが、以下の研究である。
実験室内で生じたショウジョウバエの眼の欠損にHsp90変異に起因するものがあることから(文献13)、自然界の生物にもHsp90がかかわる眼の異常があるのではないかと、Lindquistらは考えた。
Astyanax mexicanus(ブラインドケープ・カラシンの1種)という淡水魚には、同一種でありながら、川などの水面近くに棲息する普通魚と洞窟の水中にすむ洞窟魚がある。洞窟魚の眼は退化しており、他にアルビノなどの性質も付随している。洞窟魚の発生の過程で、レンズ膜は形成されるが、やがてアポトーシスをおこして眼は形成されない。この洞窟魚のレンズ膜を普通魚の眼杯に移植しても眼は形成されなかった、つまり、眼杯からの指令に欠損があり、レンズ膜ができなかったのではない。逆に、普通魚のレンズ膜を洞窟魚の眼杯に移植したところ、眼が形成された。つまり、レンズ膜のアポトーシスは自律的に起こると考えられる(文献17、18)。洞窟魚のレンズ膜のアポトーシス関連の事象は、少なくとも14個のQTL(quantitative trail losus)によって影響を受ける。また、眼の欠損は、洞窟魚にとってadaptiveな性質である。つまり、眼の変異体は洞窟環境によって選択されたものである。
Tabin (Harvard Med School)とLindquist(MIT)のグループは、この洞窟魚の眼の欠損が、Hsp90の機能欠損に由来することを示唆する研究結果を得た(文献19)。普通魚の卵をHsp90阻害剤radicicol(R)存在下に育てると、R処理しなかった場合に比較して、仔魚の眼のサイズのvariationが83%大きくなった。すなわち、眼のサイズをあるレベルより大きくしたり、小さくしたりする変異allelesは、Hsp90によって隠されていたことになる。一方、洞窟魚の卵からの発生をR存在下に行っても、眼のサイズのvariationは、R無処理の場合より大きくなることはなかった。これは、洞窟魚では、眼のサイズについて既にサイズを小さくするallelesの選択が行われたためと考えられる。普通魚と洞窟魚をクロスして作ったF2をR処理すると、R処理によってサイズのvariationは大きくなった(58%)。したがって、Hsp90によって発現が抑制されてきた眼のサイズを極度に大きくしたり、小さくしたりするallelesは、親魚から仔魚に遺伝することがわかった。
以上の結果から、洞窟に閉じ込められた洞窟魚の祖先(普通魚との共通祖先)は、洞窟の中で、Hsp90阻害と同様なストレスを受けたのではないか、と考えられる。多くの変動環境要因の中で、洞窟の水の電気導電率(塩濃度)の低さがストレス要因らしい。と考える理由は、低塩濃度ストレスは魚に熱ショック様の応答を誘導することが知られているからである。予期したように、普通魚の受精卵を低電気導電率の水に入れ、成魚にしたところ、眼のサイズのvariationが大きくなった(50%)
以上の結果は、Hsp90は魚の眼のサイズを一定に保つ作用(Waddingtonにならえばcarnalization)をはたしているので、Hsp90阻害はサイズのvariationを増やす。そのような魚群が暗闇で育つと眼の小さい個体群が選択された、ということを示唆している。しかし、Hsp90阻害によって魚の他の性質、例えば魚体のサイズや感丘(neuromast)の数にvariationが増えるということはない。
- Jeffery, W. R. Annu Rev Genet. 43:25 (2009)
- Yamamoto, Y. & Jeffery, W. R., Science 289:631 (2000)
- Choi, C. Y. & An, K. W., Comp. Biochem. Physiol. Biochem. Mol. Biol., 149: 91 (2008)