Waddingtonの研究結果(1953年)

 科学では、結論がどうやって導かれたのを、別の研究者が検証することが必須なので、こまかい話になるが、以下に記す。もちろん、私自身の理解促進ともなるので。

Waddingtonが1953年の論文(文献3)に発表した研究データは次の通りである。

ⅰ)ショウジョウバエ Edinburgh株S/W5を使って、蛹化後指定された時期に、40℃、4時間の熱ショックを与えたところ、羽化後、20~30%のハエに翅脈の形態異常(crossveinless)が認められた。この熱ショックによって生じた形態異常は突然変異体crossveinless (図1の上)のフェノコピーである。なお。crossveinless変異体にはcrossvein欠損の程度も軽度なものから重度なものまで多様であるが、フェノコピーも同様に多様である。

ⅱ)熱ショック処理によってcrossveinlessを示した♂と♀の個体(P)を選択して交配した。得られたF1蛹を熱ショック処理すると、親のハエと同じような割合のcrossveinless変異を示すハエが生じた。このようにして順次、変異形質を示すFnを作成したところ、(図1の下)に示すように、熱ショックによってcrossveinlessを示す個体の割合が増え、F20ではほとんどすべての個体が異常形質を示した。

ⅲ)上記Fn蛹を熱ショック処理しないで成虫にしたところ、F14まではcrossveinlessを示す個体は認められなかった。しかし、以後F15からF23では、熱ショック処理なしでもcrossveinlessを示す個体の割合が増え、70%以上になった。つまり、当初は熱ショック応答的に出現したcrossveinless表現型が、熱ショック刺激なしでも現れるように変わった。

ⅳ)crossveinlessを示す♀個体と別の野生型株の♂を交配させ、また戻し交配などをした結果、crossveinless形質が複数の染色体座によって支配されていることを示す結果が得られた。ちなみに、crossveinless変異遺伝子(cv)はX染色体にマップされているが、フェノコピーおよび熱ショック刺激なしのcrossveinless表現型の出現頻度とcv座には相関がなかった。

ⅴ)以上は、crossveilless表現型を示す個体を続けて選択して継代した結果であるが、継代の途中のハエの中から、正常な翅脈を示す親ハエを選択して交配を継続したところ、異常表現型のハエの割合は著しく減少した。

ⅵ)選択の結果得られた“獲得形質”が遺伝的に支配された形質に変換することは、Schumalhausen(文献7)によって独立に報告されている(Waddingtonの論文にも引用されている)。

ⅶ)注釈:「遺伝的に支配された形質」とは、あくまで「ストレス応答の結果として現れた形質ではない」という意味で、(ⅴ)の結果にも見て取れるように、形質は安定ではない。この不安定さはpolygenicな形質支配に由来すると、Waddingtonは考えた。個々の変異遺伝子allelesはメンデルの法則にしたがって子孫に伝わっても、それらの組み合わせによって表現型が変わる場合(両親の遺伝的背景がまったく同じ場合を除いて)は、子孫の表現型は安定しない。

文献

  1. Schumalhausen, I. I., Factors of evolution, Blakiston, Philadelphia, 1947

図1