2025年1月19日 投稿
シロオビアゲハの雌特異的擬態を作る遺伝子
Doublexはアゲハ蝶の♀だけに現れる擬態を支配するsupergeneである。以下に、この結論に至った経緯を説明する(文献1)。Papilio polytes(シロオビアゲハ)は沖縄やフィリピンなど東南アジアでもっとも普通に見られるアゲハ蝶である。名前のように、♂の成体では下翅に白い帯を有する個性的な紋様を有する。♀は♂に似た紋様を有する個体(cytus)と紅色の美しい文様の個体(polytes)の2種類がある(図1)(文献2)。後者の♀は、有毒のPachliopta aristolochiae(ベニモンアゲハの一族)に擬態している。この♀の紋様の多型は、Mendelの分離の法則にしたがうことが、1968年には判明していた(文献3)。
責任遺伝子の同定のための交配実験の概要を図2aに示した。これまでの研究によって、cytusとpolytesの表現型は、一つのlocusによって決められていることが示されているので、それをM/mで表してある。mm♂とMM♀を交配すると、Mm♂とMm♀が出来るが、このM/m♂をm/m♀と交配させると、図示したようなF2が生まれる。9組のbackcross familiesを使って、443個のF2♀個体を作成した。RAD markers (restriction-site associated DNA markers)を使って、おおまかなmappingを行い(図2b)、RAD36の領域の300kbに絞り込んだ。この領域には5個のgenesが存在する。次に、P. polytesの30個体のfull genome sequencesを決め、SNPsと表現型のassociation mappingを行った(図2c)。94,776 SNPsに対するfalse-discovery rate (FDR)-adjusted P valuesを縦軸にプロットしてある。遺伝子dsxに相当する領域が有意に高いP valuesを示した。つまり、doublesex (dsx)遺伝子の変異がcytus/polytesの表現型を決めていることになる。さらに、15 cytusと15 polytesの個体のre-sequencingを行い、この結果の確証を行った。
Dsxが翅の紋様の多様性をもたらすには、alternative splicing formsによるのかもしれない。翅の細胞から調整したRNAによるtranscriptome解析によって、3種類の♀特異的dsx isoformsと1種類の♂特異的isoformが確認された(図3a)。Isoform 1とisoform 2はMm型の♀の翅に同じような発現をしていた(図3b,c)。isoform 3は胴体の部分に発現していた(図3d)。Isoform 1および2の発現は、MMおよびMm型♀(表現型はmimetic)では多いが、mm型♀(表現型はnon-mimetic)では少なかった(図3e, f)。これらの結果は、♀polytesの紋様の変化はdsx isoformsの選択的splicingの違いによるのでなく、発現量の違いによることを示唆している。
Mimicry alleles (cytus vs. polytes haplotypes) のcoding regionsでは、1,068塩基のうち72塩基が違っていたが、non-coding regionsでは、108,036塩基中972塩基しか違っていなかった。これらの違いは、DNA-binding domainやdimerization domain以外の部分に認められた。しかし、構造予測によると、両allelesの分子は高次構造が違いがあった。
それぞれの100kb程度のdsx haprotype内では、特定のallelesの組み合わせが高度に維持されている(complete linkage disequilibrium)。これは、heterozygotes内でのrecombinationが抑制されていることを示唆する。周辺のgenome sequencing dataからmimicry allelesに付随したinversion polymorphism(逆位多型)の存在が示された。Chromosomal inversionsはheterozygotesのrecombinationを抑制することが、良く知られている。
以上の結果から、sex特異的なmimicryを支配し、Mendelの法則に従って分離するsupergeneが、doublesex (dsx)と言う単一転写調節遺伝子であり、特殊な組み換え抑制の仕組みに支えられて、高度に保存されていることが、明らかになった。必須の発生過程に関与する遺伝子が、種内の多型を調節することに利用されていることは、意外なことかもしれない。DsxはPapilio polytesにおいて二つの異なる役割(性分化特性の維持と、♀に特異的な表現型の切り替え機能)を担っているが、そこに生起する突然変異は、性分化(二つの機能の一方)に必須のDNA-binding domainやdimerization domainにはほとんどないことも、当然とはいえ興味深い。
♀特異的なmimetic polymorphismは、Papilio属では複数回独立して進化してきたが、本研究で明らかとなったのは、その一つである。Papilio Dardanus(オスジロアゲハ)における♀のmimetic polymorphismは、dsxにlinkしていない領域にあるgenes, engrailedとinvectedにマップされたという報告がある。
- Kunte, K., et al., Nature 507: 229 (2014)
- Loehlin, D. W. & Carroll, S. B., Nature 507: 172 (2014)
- Clarke, C. A., et al., Phil. Trans. R. Soc. Lond. B 254: 37 (1968)