2024年4月30日投稿

♂親ハエの過食は子孫のchromatin stateの変化と肥満を引き起こす。

Öst, A., et al., Paternal diet defines offspring chromatin state and intergenerational obesity

Cell 159:1352 (2014).

上記論文(文献8)を略記する。

 ショウジョウバエw1118の4-5 day-old♂を餌の糖とタンパク質を変化させて飼育し、2日後に体全体のtriglyceridesの量を測定した。餌中のタンパク質を増やしても影響なかったが、糖を増やすと(1から300g/Lに)とTGは3倍に増加した。増やした糖の餌で飼育したF0♂と標準飼育した♀を交配し、採卵した後、孵化、蛹化、成虫へと飼育した(F1)。F1♂を高濃度の糖および標準の濃度の餌で飼育し、TGを測定した。F1の体重当たりのTG量は、F0♂の餌の糖の量を増やした場合、U字型の曲線になった(図1A)。F1の体重は餌の糖の量に関係なく、F0の餌の糖の量に正比例して増えた(図1B)。F1ハエ当たりのTG量は、F1を高濃度の糖の餌で飼うと増えており(図1C)、顕微鏡観察によると脂肪組織が増大、lipid dropletのサイズが大きくなっていた。以後、F0♂に糖負荷をかけると、F1の肥満、体重当たりのTGを増やす結果をpaternal-diet-induced intergenerational metabolic reprogramming (IGMR)と称する。

図1.文献8より引用

 ♂ハエに糖負荷をかけたのは2日間だったが、1日でもある程度の効果があったが、より長くしてもF1の表現型への効果が増大するということはなかった。受精してから産卵の時間が長くなっても(60hrまで)、F1への影響は変化しなかった。つまり、精子のepigeneticな変化は60hr安定であった。興味深いのは、糖負荷をかけた♂F0を交配する前に37℃, 1hrのheat shockを与えると、F1への影響は消失したことである。また、F1♂を標準飼育た♀と交配して作成したF2ハエは体重が正常であり、F0の形質は2世代先には伝わらなかった。

 次に、遺伝子が染色体のどの部位に位置するかによって発現の量が変化する(position-effect variegation)が、reporter gene (ショウジョウバエの眼の色を決めるw遺伝子:発現すると眼が赤くなる)の発現をクロマチンレベルで抑制する代表的な系が5種類報告されている:Telomeric, retrotransposon-type, pericentric, repeat-associated chromatin, peri-centric heterochromatin on ChrX。それぞれのF0マウスに糖負荷をかけたところと、最後のperi-centric heterochromatinのF1マウスのreporter遺伝子の発現が増加した。他の4種のchromatin silencing系は糖負荷の影響を受けなかった。この結果は、糖負荷が染色体の特定の部位のmethyl化による発現抑制を弱める、ことを示唆している。

 過食させた♂F0のF1ハエのstage 17 embryoのrRNA-depleted RNAsの配列決定を行った(1サンプルにつき1,500万の配列を決めた)。過食した親由来のF1 では、68 protein-coding genesが明快にup-regulated、10 genesがdown-regulatedされていた。特に、糖に依存した表層の生合成に関与する27遺伝子、peptidasesが5遺伝子、が含まれていた。興味深いのは、fatty acyl-CoA reductaseとfatty acid elongaseを含む、4個のmetabolic genesである。

 エンリッチメント解析(gene set enrichment analysis)によって、糖負荷F0がF1の遺伝子クラスター発現に及ぼす影響を表示した。2つのクラスターの発現が増え、3つのクラスターの発現が減った(図2)。Chromatin regulationのクラスター発現が減っているのが、意味がありそうだ。

図2.文献8より引用

 この後、wm4h, peri-centric heterochromatin on ChrXのreporter 発現にかかわる、H3K9 histone methyl transferase Su(var)3-9、SetDB1およびSu(var)4-20がIGMRに必要であることが、それぞれの変異体を使って示唆された。しかし、wm4h suppressor allelesであるSu(var)3-104やSu(var)3-312はF0の変化がF1に伝達するのに必要ではない、という結果も得られているので、wm4hの発現抑制にかかわるchromatin変化とIGMRにかかわるchromatin変化は完全に同じではない。また、さまざまな変異株を組み合わせた実験の結果、IGMRには、polycomb-およびH3K9me3-chromatin regulatorsの機能が関与していることが示唆された。

 IGMR transmissionの実態を明らかにする目的で、糖負荷をかけた♂の精製した精子に含まれるRNAの配列を調べた(対照は平常餌の♂の精子)。まず、transcriptionally derepressionがゲノム広範囲に起こっていた。特に、普通完全にsilentなchromatin部位(文献9)の遺伝子の転写産物が含まれていた。また、classical heterochromatin部位の遺伝子の転写が増えていた。一方、euchromatinに含まれる遺伝子のtranscriptomeは変化していなかった。すなわち、糖負荷をかけると精子のchromatin状態が異常(ゆるんだ)になっていることが示された。

 各種変異体(Su(var)3-9, H3K9 histone methyltransferase変異株など)がIGMRに及ぼす影響から、IGMR derepressionにおいて鍵となるのは、H3K9me3-およびH3K27me3-dependent silencing(の解除)であることが示された。さらに、既報のヒトとマウスのmicroarray data setsを利用して、比較したところ、肥満した個体にSu(var)欠乏が認められた。

 最後に、wm4hを使った実験結果に注目する。F1♂はF0♀由来のX染色体を有しているが、F0♂の糖負荷の影響を受け、reporter gene(眼の色の変化)の発現を示した。つまり、糖負荷の効果はtransにも作用したことになる。

8. Öst, A., et al. Cell 159: 1352 (2014)

9. Filion, G. J., Cell 143: 212 (2010)