231201投稿

プリオンは細胞にストレス適応を付与する

プリオン(正常型プリオンタンパク質が異常型プリオンタンパク質に構造変化してできた凝集体)が生物個体や細胞の形質を変化させることは、ヒトのCJ病やウシの狂牛病などがプリオンによって引き起こされることから、容易に推測できる。

プリオン様因子は菌類にも存在し、特に出芽酵母ではプリオンの作用が分子レベルで詳細に調べられている。酵母プリオンでもっともよく研究されているのはSup35というタンパク質が実体の[PSI+]である。Sup35はプリオン構造になるプリオン領域とタンパク質合成の終結で作用する因子が遺伝子レベルで融合したもので、[PSI+]化すると翻訳終結因子作用が発揮できなくなる。そのため、[PSI+]細胞では翻訳終結コドンは読み飛ばされて本来よりも長いタンパク質が形成される。これに加えて、プリオン凝集体は様々な細胞構成分子と相互作用するので細胞の生理的状態(遺伝子発現パターンを含め)に影響を与える。これらのことから、(酵母の)プリオンは細胞のepigenetic modifierとしても位置付けられる(文献35)。

理化学研究所の田中元雅らは、[MOD+]プリオンがある種の薬剤存在下において選択優位性を示す場合があることを見出し、その仕組みを明らかにした(文献36)。[MOD+]はプリオンタンパク質Mod5のプリオン状態であるが、Mod5はtRNA isopentenyltransferase(DMAPPをtRNAに運ぶ)で、Sup35とは異なるプリオンドメインをもつ。DMAPPはsterol生合成のErg20の基質でもあるので、Mod5がプリオン化するとDMAPPがtRNA修飾に利用されなくなり、余分のDMAPPはsterol生合成を促進し、その結果微小管阻害剤nocodazoleに対し抵抗性となる。この場合も、阻害剤がないと転換した[MOD+]は不安定で[psi-]に戻ってしまうが、阻害剤が存在すると[MOD+]の一部が安定化した株となる。

Lindquistの研究グループは、約700の酵母野性株について、プリオンが細胞の性質を変えるかどうかを調べた。まず、多くの酵母野性株が[PSI+]、[MOT3+]、[RNQ+]などのプリオン型であることを見出した。次に、プリオン型の野性株細胞を非プリオン型に変換した細胞と比較したところ、様々な差を検出した。注目すべきは、プリオンが変化させた細胞の性質の中、40%が特殊な条件下(ストレス下)での増殖や生存に有利な性質であったことである(例えば、酸性培地への適応や薬剤耐性)(37)。しかし、大部分の場合、プリオン型の細胞は、非ストレス下においては、非プリオン型細胞よりも増殖が遅いので、消えてしまう。

 

  1. True, H. L. & Lindquist, S. L., Nature 407: 477 (2000)
  2. Suzuki, G. et al. Science 336: 355 (2012)
  3. Halfmann, R. et al. Nature 482: 363 (2012)

 

以上は、プリオン感染によって細胞の形質が変化することであるが、プリオン依存的形質がプリオン非依存的形質に変換するケースを次にみてみる。