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酵母プリオンの項目を書いているうちに、酵母のHsp90の進化における役割は、ショウジョウバエやArabidopsisとケースとかなり違うので、話を戻して酵母Hsp90について触れる。

 

出芽酵母の薬剤抵抗性とHsp90

通常、Hsp90が作用するのは不完全なfolding状態のタンパク質である。それらのタンパク質がHsp90と相互作用しないままで発現すると、細胞(あるいは個体)に異常が生じることがある。逆に言えば、Hsp90はそれらの異常変異型を隠していると言える。細胞にストレスがかかったとき、Hsp90はストレスによる変性タンパク質のために動員されるので、変異型を隠すことができなくなる。このため、ストレスは細胞(個体)の表現型を変えることがある。例えば、Waddingtonの項で見てきた、4枚翅のショウジョウバエなどである。ストレスによって出現した変異表現形質を有する個体を選択継代し続けると、ストレスなしに変異表現型を示すようになる場合がある。

一方で、Hsp90はすぐに特定の表現型を作り出す場合がある。菌類の抗菌剤に対する抵抗性などがその例である。この抗菌剤抵抗性はHsp90阻害剤で消失する。Cowen & Lindquist(文献38)は2つの抗菌剤を実験に用いた。第一はAzolesで、臨床でもっともよく使われる抗菌剤で、Erg11を標的とする。Erg11は菌類の主要なsterolであるergosterolの生合成に必要である。Azolesに対する抵抗性は様々なタイプがある。例えば、Erg11の機能亢進、multidrug transportersの機能亢進、sterol合成系の変化、あるいは細胞膜の構造変化など。第二はEchinocandinsで、菌類の膜の必須素材であるβ-(1,3)glucan生合成の阻害剤である。

C&Lは、Hsp90の濃度と薬剤抵抗性の関係を調べるために、出芽酵母のHsp90遺伝子(HSC82)をカセットに入れ、Cre-Lox recombination系発動で切り出す系を作った(Re90と称する)。他に、恒常的にHsp90発現の高い株Hi90と低い株Lo90を作成した。Fluconazole, a common azole,を比較的低濃度(16μg/ml)で作用させると、Re90、Hi90もLo90のどれも長期間生育することができない。薬剤抵抗性の株を得るために、大量の細胞を高濃度(128μg/mL)のfluconasoleを含むプレートにまいた。小あるいは中間サイズのコロニーを作る細胞は薬剤感受性であり、大コロニーを作る細胞が薬剤抵抗性である(rapid selection)。Re90とHi90からは多くの大コロニーが得られたが、Lo90からはほとんど得られなかった。Re90から得られた抵抗性細胞にCre recombinationを誘導すると、Hsp90の高発現が止まり、同時に薬剤抵抗性も消失した。抵抗性株の選択手法によって異なるメカニズムで抵抗性ができあがっていることがわかった。Rapid selection(acute stress)の場合(R株)、Geldanamycin or radicicolでHsp90の機能を抑えると、抵抗性が消失した。Gradual selection(chronicl stress)の場合(G株)は、Hsp90阻害剤を加えても、抵抗性は維持された。

G株の薬剤抵抗性は転写因子Pdr1の変異によってmulti-drug transporterの過剰発現によるである。GdAおよびRADに対する抵抗性も、これらの薬剤の排出のためである。しかし、Cre-induced recombinationでHsp90の量を減らしても、G株はなおfluconazoleに対して抵抗性であった。

CalcineurinはHsp90の有力なclientであり、多くの生理学的な過程に関与している(文献39)。Cyclosporin A and FK506はHsp90依存性のfluconazole resistanceを消失させた。したがって、Hsp90依存性の薬剤耐性はcalcineurinの作用を必要としている。Cyclosporin Aのcalcineurinに対する作用はcyclophilin A (Cpr1)と複合体を形成して発揮する。したがって、CPR1遺伝子を欠損させた株では、Hsp90依存性のfluconazole耐性は、calcineurinの影響を受けない。

  1. Cowen, LE & Lindquist, S, Science, 309: 2185 (2005)
  2. Imai, J & Yahara, I, Mol Cell Biol, 20: 9262 (2000)

S. cerevisiaeの近縁種のケース

Candida albicansはS. cerevisiaeと8億年前に分かれた種で、野性株はdiploidである。C. albicansも低頻度でfluconazole-resistantが出現する。RAD自体はC. albicans細胞の増殖を阻害しないが、fluconazoleと一緒に投与すると、fluconazole抵抗性株は増殖できない。つまり、C. albicansのfluconazole抵抗性にもHsp90が必須である。

HIV感染者は日和見感染の治療のためにfluconazoleの投与を受ける。2年間のF投与を受けた患者から、F抵抗性のC. albicans株を単離した。これらのF抵抗性株は、GdAあるいはCsA処理によって、F抵抗性を減じた。39℃あるいは41℃でもF抵抗性は減じた。後期に単離したF抵抗性株のほうが、Hsp90依存性の程度が弱い(Hsp90非依存性のF抵抗性が発生した)。つまり、ヒトの体内でC. albicansがストレスを受けると、Hsp90非依存性の抵抗性株が増えた。