Genetic assimilation

Drosophilaの受精卵や蛹を特定のストレス(例えば、熱ショックやエーテル処理)にさらすと、ある種の遺伝的変異体と同じ形質異常を示すハエが現れる(フェノコピー、文献1)。フェノコピーはストレス応答の結果であり、ハエにとっては一種の獲得形質である。フェノコピーの個体を選んで交配を行うと、子孫のフェノコピー出現頻度が増加した。継代初期には、子孫の形質異常は、親と同じようにストレスを与えた時にのみ出現した。ところが、交配を繰り返すと、子孫の個体をストレス処理しなくても、形質異常が高頻度で出現するようになった。つまり、フェノコピー(ストレス応答の結果、生じる形質異常)という獲得形質が<遺伝的形質>(ストレス応答を必要としないで生じる形質異常)に変化したのである。この現象を、“genetic assimilation”と称し、進化の原理にかかわるものと、Waddingtonは考えた(文献2,3)。

しかし、Waddingtonの称する“genetic assimilation”は、現代の正統な生物学からは、misconceptionとして退けられてきた(例えば文献4,P592)。その理由は、「突如として一群のハエの中に、フェノコピーと同じ形質異常を支配する1個の優性な変異遺伝子(ホモ致死性)が生じた」(文献2,3)、という信じがたい実験結果とその“非合理的”な解釈に起因する。しかしながら、“transgenerational epigenetic inheritance”(意訳すると、「獲得形質の遺伝」となる)についてのかなりの数の論文が、厳しい査読を経て、いわゆる一流専門ジャーナルに報告されるようになった現状(例えば、文献5,6)を考えると、Waddingtonの問題提起を新しい角度(特にepigeneticsの観点)から再考察する必要があると思われる。同時に、継代にともなってフェノコピーの“ストレス応答性”が消失して、ハエの固有の性質に変換されることは、以下に論ずるように、近年オーソドックスな分子遺伝学の研究解析対象になりつつある。まず、“genetic assimilation”という非合理的な概念の基となった研究をみることから、始めたい。