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HSP90は環境変化に適応して新規の表現型をつくる

これまで、Hsp90が変異遺伝子の発現を抑制してため込むcapacitorとしての役割について書いてきた。しかし、Hsp90が変異遺伝子の表現型(特に適応型表現型)を支える場合もある。例えば、出芽酵母を抗菌剤Fluconazole(以下FLと略す)に曝すと、ある頻度でFL抵抗性株がすみやかに出現する(文献33)。なお、よく知られている、薬剤を細胞外に汲み出す輸送体変異による抵抗性株は、「すみやかに」ではなく、遅れて単離される(頻度は低い)。早期に単離されたFL抵抗性株は普通に酵母が増えている状態では安定な性質であるが、抗Hsp90剤処理によって抵抗性の性質を失う。薬剤FLは、菌類の主要なsterolであるergosterolの生合成にかかわる酵素Erg11を阻害し、有害な中間体を蓄積させる(抗菌剤が効く理由)。ところが、ergosterol生合成に直接あるいは間接にかかわる遺伝子に変異(欠損)があると中間体蓄積が起こらず、結果としてFL抵抗性となる。ただし、これらの抵抗性にはHsp90の高発現が厳格に要求される。つまり、出芽酵母が多様な遺伝子の変異を利用して抗菌剤抵抗性を獲得するには、Hsp90の強力な作用が必須なのである。なお、このような多様な遺伝子の変異は、実験に使った酵母細胞群をFLにさらす前から存在していたものである。このようなHsp90依存的な薬剤抵抗性は、CandidaやAspergillusにも認められるので、広く菌類に保存された環境適応法の一つと考えられる。Hsp90依存的なFL抵抗性は薬剤存在下で維持されるが、やがて別種の突然変異(上述した輸送体の変異など)が起こり、Hsp90非依存的かつより強力な薬剤抵抗性株が出現する。

似たようなケースとして、抗Hsp90を抗がん剤と一緒に投与すると、抗がん剤がより有効に作用する例が、いくつか報告されている(文献34)。例えば、抗Hsp90剤17-AAG(geldanamycin誘導体)とSAHA(HDAC阻害剤)はどちらも単独で抗ガン作用を示す薬剤であるが、併用するとsynergisticalな作用を示すという。この結果は、Hsp90がSAHA抵抗性を保証していると解釈できる(あくまで解釈で、証明されたわけではない)。

  1. Cowen, L. E. & Lindquist, S.L., Science 309: 2185 (2005)
  2. Rahmani, M. et al., Cancer Res. 63: 8420 (2003)