230902投稿

Waddingtonの研究結果(1956年)

 次に、現代の分子遺伝学の立場では、納得できない結果に至った実験結果を紹介する。Drosophila Oregon株(OrK)の受精卵(採卵後2.5から3.5時間)を25minエーテルガス処理したところ、bithoraxフェノコピー(4枚翅のハエ)が生じた。フェノコピーの割合は20から50%と実験ごとに変動した。1953年の論文の実験と同様に、フェノコピーを示す個体どうしを交配して継代すると、F10では60%がフェノコピーを示したが、羽化できなかった蛹のハエの表現型を加味すると、全体でフェノコピーの割合は82%だった。Fn各世代のハエをエーテル処理なしで育てる実験も平行して行った。F7まではすべて正常なハエが生まれてきた。ところが、F8からF9で数は少ないがフェノコピーに似た異常表現型(最初は胸部第3節の平均棹が少し大きくなった程度の個体)のハエが生じた。継代を続けると、少数ながらbithorax変異によく似たハエ(文献8)も認められたが、大部分は平均棹が異常膨張形態(Heと称する)を示す個体(全体の80%に達した)だった。Heの戻し交配や別の実験株とのクロス交配の結果から、He表現型は第3染色体上の優性変異でホモ致死性の単一(遺伝子)変異によって支配されていることが示唆された。例えば、元のデータの一部を簡略化したものが表1である。He表現型のハエ(遺伝子型はHe/+)どうしを交配したところ、He表現型は76%であった。He遺伝子が単独優性かつHe/Heが致死的とすると、この値は予期される値67%よりやや大きい。一方、Heと親株Oregon株との交配では、Heが優性単一遺伝子とするモデルに合う結果が出た。もちろん、別のHe表現形質が、crossveinless形質の場合と同じように、polygenesによって支配されていることを示唆する別の実験結果も得られた(とりわけ、その場合、仔ハエに伝わるHe形質にmaternal効果がある結果などが、特徴的である)。

 まとめると、bithoraxフェノコピーの場合も、フェノコピー個体どうしを交配継代すると、フェノコピーを示す子孫のハエの割合が増した。また、継代が進むと、エーテル刺激なしにフェノコピー用表現型のハエが生じてきた。ここまでは、熱ショック刺激によるcrossveinless表現型の場合と同じであるが、さらに、エーテル刺激なしに生じる表現型を支配するのは単一遺伝子の優性変異(ホモ致死性)であることを示す結果を得た。しかしながら、この遺伝子変異の由来はわからない。

表1。フェノコピー個体の交配実験の結果



 

 この実験結果と解釈に対し、オーソドックスな分子遺伝学から痛烈な批判が起こった。その一つを、私が英文で書いた総説(文献9)から引用する(英文のほうが、内容が正確に伝わると思うので)。

Criticism of genetic assimilation

Gerhart and Kirschner (1997) criticized the genetic assimilation hypothesis, pointing out that Waddington had mistakenly assumed that heritable changes during selection and breeding were due to stable genetic changes. Inasmuch as genetic assimilation did not occur in genetically inbred lines, they argued, the heritable changes observed by Waddington could be caused during selection by the loss of suppressor mutations pre-existing in genetically heterogeneous Drosophila strains.

 確かに、Waddingtonの研究結果は不可思議であるが、この“genetic assimilation”類似の現象が、現代の分子遺伝学の研究によって再現したケースがあるので、次にそれを紹介する。

 

  1. Lewis, E. B., Nature 276: 565 (1978)
  2. Yahara, I., Genes to Cells