2024年5月23日投稿

Cyclic AMP-dependent transcription factor 7 (ATF7)のintergenerational epigenetic effectsの解析

石井俊輔らの研究グループ(理研)は、♂マウスをlow-protein dietで飼育した効果が仔マウスに伝わるのに、転写因子ATF7が必要なことを示した(文献10)。

背景となる論文知見:LPD (low-protein diet)によってマウス精子中のtsRNAs (transfer RNA-derived small RNAs)が増加し、子孫のembryoの遺伝子発現が変化する(文献12)。また、paternal HFD (high-fat diet)も精子のtsRNAs (30-40-nt)を増やし、それをzygotesに注入すると成長したマウスがインスリン抵抗性を示すようになった(文献13)。tsRNAsが転写抑制因子として働くためには、DNMT2(a multisubstrate tRNA methyltransferase)によるtsRNAのmethyl化が必要である(文献14)。しかし、Dnmt2ノックアウトのHFD♂マウスとNF♀マウスを交配した場合でも、仔マウスにインスリン抵抗性が認められた(文献14)。このことは、tsRNAの他にも、intergenerational mechanismがあることを示唆している。

 ATF7はH3K9 di- and tri-methyltransferasesと共同で、heterochromatin様の構造形成を支配し、様々な遺伝子のsilencingを行っている。ストレスによってp38がATF7をリン酸化すると、ATF7がchromatinから遊離し、遺伝子のsilencingが解除される。精神的ストレス、感染ストレス、炎症性サイトカインなど多くのストレス応答において、ATF7は重要な役割を演じている。Atf1とdATF2は分裂酵母ショウジョウバエ、それぞれのATF7 homologsである。

 マウスをlow-protein diet (LPD)で飼育すると、control diet (CD)で飼育したマウスに比べ、421 genesがupregulatedされ、101 genesがdownregulatedされていた。♂Atf7-/-マウスは正常な交配ができないので、♂Atf7+/-マウスを使った(Atf7+/-マウスのTCGsはWTマウスTCGsに比べて、70%ATF7の発現が少ない)。♂Atf+/-マウスは精子形成も脂肪組織も正常だが、Atf7-/-マウスは白色脂肪組織の発達が悪かった。LPD♂Atf7+/-マウスを使い、WT♀マウスと交配し、pLPDの効果の子孫への伝達(肝臓組織の遺伝子発現の変化)を調べた。結果は図1に示した。

図1.文献10より引用

これらの結果 は、ATF7がpLPDによる肝臓の遺伝子発現の変化に必要であることを示唆している。このことは、LPDによってATF7依存的に精巣のgerm cellsに生じたepigeneticな変化が精巣細胞によって受精卵に伝わったと言える。精子の発生過程において、ATF7はspermatogoniaとspermatocytesに検出され、spermatogoniaのATF7の一部はリン酸化を受けていた。そのp-ATFシグナルはWT♂マウスでLPDによって増えていた(CD♂マウスと比較して)。

 LPDはマウスのGHS (reduced glutathione)のレベルを下げ、ROSを増加する。LPDはGSHを下げることによってROSレベルを上げ、p38を活性化する。しかし、Atf7+/-マウスのTGCsのGSHレベルはWT TGCsのGSHと変わらない。したがって、Atf7+/-のTCGsのROSレベルが高いのは、GSHレベルの変化のせいではない。

 ATF7の染色体への結合部位をChip-seq解析によって調べた。ATF7結合サイトは3,464か所あり、大部分はpromoter領域に属していた。それらは4つのクラスターに分けられた。クラスターA:ATF7の結合は、LPDによって低下し、SD-fed Atf7+/-マウスでも低下していた。クラスターB:結合はLPDで低下したが、SD-fed Atf7+/-マウスでは低下していなかった。クラスターC:LPDでは低下していないが、SD-fed Atf7+/-マウスで低下していた。クラスターD:LPDでもAtf7+/-マウスでも低下していない。クラスターAとBでATF7結合の80%を占めていた。つまり、LPDで80%のATF7結合が解離したことになる。CRE (TGACGTCA)はATF7結合サイトとして知られているが、上の4種のクラスターのどれにも含まれていた。したがって、LPDあるいはAtf7+/-変異によってそれぞれのクラスターの遺伝子発現に変化が生じるのは、簡単には説明できない。

 Spermatogenesisの間、核凝集のために、ほとんどのhistonesはprotaminesに置換されている。しかし、gene-promoter領域やdistal gene-poor regionsではhistonesを含むnucleosomesが維持されている。Ishiiらのグループは、マウス精子の約10%がhistone-to-protamine置換が完全に行われていないpopulation(HRCS)を単離し、spermatozoaのchromosomes上のhistone結合部位のマッピングを行った(文献15)。文献15の結果と同様に、CGG-repeatを有するpromoter sitesにATF結合部位があり、結合しているATF7の量がhistonesの量に比例していた。これらの結果から、ATF7-binding promotersに結合しているhistonesはprotaminesに置換されていない傾向があることがわかった。Atf7-/-マウスからHRCS単離し、methylated histonesの量をWTマウスHRCSと比較した。H3K9me2はAtf7-/-が低かったが、H3K9me3とH3K27me3の量は同じだった。Atf7+/-マウスのHRCTはAtf7-/-のケースと同じだった。LPDによってWTのH3K9me3レベルが下がったが、Atf7+/-ではLPDによる変化は認められなかった。

 LPDがマウス精子の抽出液中のtsRNAsやmiRNAsの量を増やし、tsRNAsが子孫embryosの遺伝子発現の変化を誘導することが報告されている(文献12)。そこで、ARF7がLPDによるTCGsのtRNAレベルを調節している可能性を調べた。結果は、3種のtRNAs (tRNA-Gly-GCC, tRNA-Gis-GTG, tRNA-Glu-CTC)が増えていた。Atf7+/-変異は同じようにこれら3種のtRNAsの量を増やしていた。これらのうち、すくなくともtRNA-Glu-CTCとtRNA-Gly-GCCはchromosome 1にthree tandem repeatsとして局在化しており、ATF7の結合部位(Chip解析の結果)となっている。

 

 親の食事内容が子孫に影響することは、いろいろな場合に示されているが、本論文は明快に次のことを示した。♂マウスをLPDで育てると、CD♀マウスと交配して生まれてくる仔マウスに、転写調節因子ATF7の不活化を介して、ある種の遺伝子抑制を解除したことが伝わる。この遺伝子抑制にはATF7結合と同領域に結合しているH3K9me2が必要らしい。また、同領域にはある種のtRNAsが重複してコードされていて、ATF7による発現抑制が解除されると、精原細胞はそれらのtsRNAsを多量に含むようになった。

 

本ブログは、前の部分で繰り返し書いたように、外部刺激による親のepigeneticな変化が子孫に伝わり、その刺激と選択継代を続けると、geneticな変化になる、いわゆるgenetic assimilationを明らかにすることを意図している(真否の検討を含め)。その観点からすると、同グループがショウジョウバエで示したように、継代する♂マウスを続けてLPDで飼育したとき、次世代以降へのepigenetic形質の伝達様式が重要なポイントとなる。

  1. Sharma, U., et al. Science, 351: 391 (2016)
  2. Chen, Q., et al. Science, 351:397 (2016)
  3. Zhang, Y., et al. Nat. Cell Biol. 20: 535 (2018)
  4. Yoshida, K., et al. Nat. Commun. 9: 3885 (2018)