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Hsp90酵母の表現形質に対する寄与

1. Lindquistによれば、Hsp90は少なくとも2つのルートで新しい表現形質の急速な進化に寄与している。

A) Potentiatorとしての作用:folding補助作用を発揮して遺伝的変異を新しい表現形質に作り上げる。例えば、前項で述べた薬剤耐性など。補助作用がなくなると、変異体によって作られた表現形質は消える。あるいは、酵素casein kinase 2は合成されるとき、Hsp90と複合体を形成することによって、構造が安定化され機能を発揮する(文献40)。Hsp90のこの作用がなければ。いまの形のcasein kinase 2はない。

B) Capacitorとしての作用:遺伝的変異が表現形質に変換するのを抑制する。そのため、変異の表現形質の基となる変異遺伝子をためることになる。抑制作用がなくなると、遺伝的変異による新しい形質が発現する。例えば、ショウジョウバエの翅のケースなどで、すでに述べてきた。

Jaroszたちは、Hsp90のこのような作用が、酵母の様々な形質にどう影響しているかを、網羅的に調べた(文献41)。

1.  野生酵母(Saccharomyces cerevisiae)をビール醸造所、患者、果物、土壌、ワインなど異なる源から得た102株を使った。それぞれを100の異なる増殖条件(阻害剤添加も含めて)で増やした。

2. 増殖のプロフィールはHsp90阻害剤radicicol(Rad)あるいはgeldanamycin A(GdA)を加えると変化した。変化の様子は両阻害剤で同じだった(変化はHsp90阻害の結果だった)。

3.変化の様子は野生株によって違った。しかし、一つの株についての結果はきわめてよく再現された。この結果は、HSP90がbufferしている変異がその株にもともと存在していたことを示唆する(阻害剤処理によって生じたのではない)。

4.QTL解析:実験室で使われてきた株BYとワイン用ブドウ園の株RMを掛け合わせ、104個のhaploid progeniesを得た。BY株とRM株はcoding sequence上0.5%の違いがある。ほとんどの遺伝子はpolymorphicである(2親株で同じ遺伝子でも型が違う)が、HSP90遺伝子はまったく同一である。

4-1.2つの親株の様々な増殖条件において、Rad(あるいはGdA)添加に対する感受性を調べたところ、多様な結果を得た。また、子株もきわめて多様なRad感受性を示した。このことは、子株に多数のHSP90依存的なallelesが遺伝的に分配されたことを意味する。注:薬剤排出ポンプや薬剤作用を消去する機構はこの解析では無視していい。

4-2.このかけ合わせによって、mapできなかったHSP90依存性のQTLsもあった(例えば、trichostatin A感受性)が、多くのQTLsはmapできた。①44 QTLs (quantitative trait loci)がHSP90阻害剤を加えると、消失した(HSP90のpotentiator作用)。②63 QTLsがHSP90阻害剤を加えると、出現した(HSP90のcapacitor作用)。

4-3.QTL解析の1例:HSP90によってRMゲノムに隠されていたrapamycin resistantな性質。子細胞では、該当する領域の塩基配列がRMあるいはBYであってもrapamycin感受性であった。しかし、RM配列の子細胞はHSP90の作用を減らすと、rapamycin抵抗性になった。この領域には8個のgenesがあるが、HSP90依存性の性質は、その内のNSF1遺伝子によることがわかった。NSF1(cysteine desulfurase)はtRNA thiolationのsulfur donorとして機能する。同じtRNA modification pathwayの遺伝子の変異がrapamycin sensitivityを与えること、NSF1はHSP90依存的に機能を発揮すること、などから、このHSP90によって隠されたrapamycin resistanceはnsf1変異によるものであると考えられる。HSP90がタンパク質レベルでnsf1タンパク質と相互作用してその機能を修飾したものであろう(epigenetic反応を仲介していない)。

4-4.Hsp90がDOC抵抗性を付与する場合(RM):RadでHsp90を阻害すると、DOC抵抗性がなくなる。子細胞では、同定したQTLがRM株の配列をもつ場合、DOC抵抗性で、BY株配列の場合、DOC感受性であった。このQTLsの責任遺伝子はPDR8で、転写因子をコードしている。しかし、RM配列がDOC抵抗性になるのに、Pdr8タンパク質が直接HSP90と相互作用することが必要であるというデータは得られなかった。

4-5.HU抵抗性を支配するlociが第3番目のQTL(BY):Hsp90を阻害すると、HU抵抗性が現れる。遺伝子はMEC1である。HUは細胞内のdXTPの濃度を低下させ、DNA合成を阻害する。MEC1はDNA修復やcheck point経路の調整を行う。Mec1タンパク質はHSP90の直接の反応相手らしい(間接的証拠から)。

4-6.CDNBに対する抵抗性を隠す場合(RM):この変異はRM株では隠れているが、Radを加えると抵抗性が出現する。このQTLは遺伝子NDI1(oxidoreductase)と同定されたが、NDI1の遺伝子多型はORFではなく3’UTRにある。RM型ではHSP90レベルを下げると、CDNBストレスによってNDI1 mRNA発現が100倍にも上昇する。この結果は、CDNBに対する抵抗性出現をうまく説明できる。NDI1mRNAの安定性変化か?

4-7.これらの結果から、Hsp90は20%程度の潜在的遺伝子多型の形質発現にかかわる(すでに酵母が有する形質を維持すること、および逆に新しい形質の発現を保証することを併せて)ことが明らかになった。

[補足]種が変化しないで長期間安定に維持される一方で、短期間に多様化するのはどうしてなのか?遺伝的変化と表現型変化は環境ストレスを介して連鎖しているが、タンパク質のフォールディング緩衝物としてのHsp90は種の平衡と変化を支配していると思われる。しかしながら、Hsp90に関連する形質の性質や適応度については未知のところが多い。生態学的にも遺伝学的にも多様な酵母において、Hsp90関連形質が普通に存在し、しばしば適応的であることを、Lindquistたちは見出した。それらの大部分は既存の変異(よく似たcodingおよびregulatory配列にある形質を支配する分子多様性)を基にしている。

  1. Miyata Y & Yahara I, Biochemistry 34: 8123 (1995)
  2. Jarosz DF et al. Science 330: 1820 (2010)