240130

プリオン[PSI+]による表現形質のheritableな変化

True & Lindquistは文献35において、プリオン[PSI+]が、酵母細胞のgenotypeとphenotypeの関係を支配するepigenetic mechanismの範疇に入り、いわゆるphenotypic plasticityの概念を広げることを、実験結果に基づき論じた。しかし、以下の点であいまいさが残った。

1.S. cerevisiaeには、[PSI+]の他にも何種類かのプリオンが同定されているが、塩酸グアニジン処理はそれらのすべて除いてしまう。それ故、[PSI+]だけの効果を見るには、塩酸グアニジンによる方法は使えない。

2.[PSI+]は翻訳終結コドンを読み飛ばしが起こるので、異常なタンパク質が生じるであろう。この異常タンパク質が細胞の表現型変化の原因かどうか。

3.[PSI+]プリオンはそれ自体でaggregatesを作るので、phenotypeに影響を与えるであろう(動物細胞のプリオンが引き起こす神経変性のような)。

 

これらの問題について、以下の対応をした(文献42)。

1A.SUP35遺伝子のNM領域(プリオン決定領域)を欠損させた株を作ることにした。また、別のプリオン[RNO+]の効果だけを見るのに、RNQ1遺伝子の一部を欠損させプリオン[RNQ+]の効果だけを除くこともできる。

 5V-H19の[PSI+]株は3mM paraquatに抵抗性を有するが、同じ株の[psi-]細胞は抵抗性がない。5V-H19株のSup35からNM領域を欠損させると、薬剤抵抗性は消失した。さらに、[psi-]細胞のSup35タンパク質に強いnonsense suppression能を付与した変異sup35C653Rを入れると、細胞は薬剤に抵抗性を示した。

2A. 5V-H19[PSI+]はHydroxyurea (HU)に対する感受性が[psi-]株よりも高い。[psi-]にnonsense suppression増強変異sup35C653Rを導入すると、HU抵抗性が弱まった。

3A. sup35ΔNM(NM領域の欠損変異Sup35タンパク質)とNM-GFPを[psi-]株に発現してもparaquat抵抗性は現れなかった(NM-GFPはaggregateを作る)。

 

5V-H19 [PSI+]は[psi-]よりも100mM hydroxyurea (HU)に対する感受性が高い。[psi-] sup35C653Rは[PSI+]よりさらにHUに対し感受性が高い。これらの結果は、Sup35にreadthrough機能を付与すると、薬剤に対する感受性が変かすることを示している。さらにいくつかの実験結果を踏まえて、著者たちは、[PSI+]に付随する表現形質は、translationにおけるread-throughによるもので、他のプリオンの存在あるいはprotein aggregationのせいではない、と結論をつけた。

 

5V-H19[PSI+]のparaquat抵抗性がtranslation readthroughによるものとしても、どのようなgenetic backgroundがそれを支えているかを調べるために、[PSI+]でも[psi-]でもparaquat感受性のD114-1A株と交配してみた。Tetradsが2:2に分離したのは、16tetradsのうち2つだけだった。多くは感受性が中間値を示した。すなわち、paraquat抵抗性になるには、translation readthroughに加えて、複数の因子が必要であることを示している。

 

[PSI+]-dependentな10mM caffeine抵抗性が[PSI+]-independentな抵抗性に変わることが認められた。5V-H19[PSI+]株をグアニジン塩酸処理あるいはHSP104欠損によって[psi-]に変えると、caffeine抵抗性は弱くなるが、残存した。5V-H19を[psi-]でcaffeine-sensitiveなW303とクロスすると、テトラッドの中に、[psi-]で強い抵抗性を示す個体が得られた。また、74-D694[PSI+]を74-D694[psi-](caffeine-sensitive)とクロスすると、[psi-]で抵抗性をしめす胞子が得られた。テトラッドの分離比は2:2でない場合が普通だった。同じcaffeine抵抗性でも、[PSI+]依存性の場合と、依存しない場合があることが明らかとなった。この違いは、genetic backgroundの違いに由来すると考えた。

 

以上の研究から、次の結論がでる。

1.genetic backgroundが変わらなくても、[PSI+]から[psi-]に変化することで、表現形質が変わることがある。つまり、[PSI+]はepigenticな機構によって、表現形質を買えることがある。

2.同じ[PSI+](あるいは[psi-])であっても、genetic backgroundの違いによって、表現形質が変わる場合もある。

[PSI+]と[psi-]は互いに10-5 to 10-7の低頻度で自然に変換する。したがって、大きな酵母細胞の集団には、異なる表現形質を示す個体群が共存している。このことは、環境の変動に対応し、適応する上で有効であろう。Hsp90の場合は、ストレス刺激を表現形質の選択継代によって、遺伝子allelesの組み合わせおよびepigenetic状態の変化を通じて、新しい表現形質が固定したが、プリオンの場合はsingle stepで新規表現型に至ることがわかった。

 

注:論文のFig.3aのparaquat 3mMはcaffeine 10mMの間違い(あるいは図の説明が間違っているか)。

  1. True, H. L. et al. Nature 431: 184 (2004)