240202投稿

雑録4.映画評 是枝裕和監督「海街diary

是枝監督の映画で、僕の一番好きな作品である

吉田秋生少女コミック海街diary」を原作とする、鎌倉に住む幸田三姉妹とその異母妹の物語である。この映画は、葬式で始まり、葬式で終わる。原作のはじまりは葬式であるが、終わりにも葬式をもってきたのは是枝の趣向である。15年前に三姉妹の父親は女を作って離婚し、家を出て仙台に移り住んだ。次いで母親も別の男と所帯を持ち北海道に行ってしまった。父親と女には娘ができたが、女は死んでしまった。父親は再再婚し、山形の温泉宿に娘ともども移り住んだ。その地で父親が病死し、その葬式が縁となって、三姉妹は14歳になった異母妹を引き取って、鎌倉で一緒に暮らすことになる。

 長女の幸(綾瀬はるか)は病院の看護師、次女の佳乃(長澤まさみ)は信用金庫の職員、三女の千佳(夏帆)は小さいスポーツ用具店の店員をしている。異母妹は浅野すずと言い、広瀬すずが演じている。すずは、仙台で全国的にも知られるジュニアー・サッカーのチームでレギュラーをしていた。鎌倉にもジュニアー・サッカーのチームがあり、彼女はそこに入ることになる。原作では、このチームにはキャプテンで、容姿凛々しい男子選手がいて、その子の脚に腫瘍ができて、脚を切断するという大変な話になっている。当然、すずもその子に惹かれる。是枝は原作の少女コミック的なところを意図的に映像に残そうとしているが、さすがにこの話はスルーした。幸は同じ病院の小児科医の椎名(堤真一)と付き合っているが、椎名には精神を病んだ妻がいて別居している。椎名は自己の技量のレベルアップのためにボストンの小児科病院に行くことになり、幸に一緒に行ってくれと求愛するが、幸は鎌倉に残ることを選び、断る。このあたりは、鎌倉花火大会をはさんで、さらっと描いている。同じころ、幸は病院に新設されるターミナル・ケアの部署に移ることのオファーがあり、それを受ける。次女の佳乃は、演じる長澤まさみが容姿端麗すぎて違和感があるものの、幸との口喧嘩などから幸田家の一女としての存在感がある。彼女の上司(加瀬亮)は元都市銀行に勤めていて、訳あって転職してきたのだが、意味ありげだがなにも描かれない。ただ、信金で仕事をする二人は、鎌倉の街で事業や商売をする人たちとなじんでいる。三女の千佳は勤め先のスポーツ用具店の店長と公然の仲で、コミック的な役柄になっているが、その分、存在感がない。映画の最後のシーンは七里ガ浜だが、浜辺で4人の姉妹がたわむれて、それぞれの50年後にどうなっているかなど語り合うが、一人だけ問われなかった千佳が「ねえ、私にもきいてよ」と言う役柄がいい。姉妹たちの父親は、映画には一度も登場しない。突然、母親(大竹しのぶ)が祖母(実母)の七回忌の法要に戻ってきて、長女幸とひと悶着がある。その原因はわからないが、母親が持参した土産(すずにもあった)と幸田家の梅酒のおかげで、お互いが少し理解しあった。雨の中、二人が墓参する寺のあじさいに埋まるような参道の情景が美しく描かれている。

 僕がこの作品が好きなのは、普通の家庭料理が描かれているからである。すずが鎌倉に到着したときの昼食は、幸が揚げた野菜かき揚げのてんぷらそばだった。そして、浅漬けが添えられていた。母親が姉妹に教えたカレーは、シーフードカレーだけだった。なぜシーフードかというと、煮込まなくていいからだという。もう一つ、千佳が作り、すずと食べたのが、おばあちゃんがいつも作ってくれた“ちくわ”カレーで、姉妹たちにとっては懐かしい味らしい。すずのサッカー友達の家が沿岸漁師で、仲間と一緒にしらすの釜揚げを手伝い、生しらすを土産にもらって帰宅し、三姉妹と丼にして食べた。佳乃が「生しらす丼はここでしか食べられないよ」と言い、すずもそれに合わせて「はじめて食べた」と答えた。しかし、すずは千佳に、ちくわカレーを食べながら、「私嘘をついていた。しらす丼はお父さんが仙台にいたとき作ってくれた」と話した。しらす丼は父親にとって鎌倉の懐かしい味だったようだ。ただ、すずが仙台で食べたのが、本当に生しらす丼で、普通のしらす干し丼ではなかったのか、映画でははっきり描かれていない。仙台で生しらすが手に入るかどうか、ネットで調べてみると、確かに名取漁港で手に入るらしい。名取は3.11東日本大震災で壊滅的な破壊を被った土地で、宮城県立がんセンターがあり、僕も一度訪問したことがあるが、海に向かって開けた大きな平地だった(がんセンターは少し高台にあった)。

 近所に「海猫食堂」という鯵フライがおいしい食堂があり、すずたちもサッカー仲間とよく出かけている。この食堂の女主人さち子(風吹ジュン)は資金面などで、佳乃の信金の世話になっている。さち子は末期がんに罹り、幸が担当しているターミナル・ケア病棟に入り、亡くなる。これが、映画末尾の葬式となる。

 ここまで書いてきたのに、すずが一番親しくしているクラスメートであり、サッカーのチームメートでもある尾崎風太前田旺志郎)についてなにも触れなかった。風太はすずに淡い想いを寄せており、すずもそれに気づいている。二人の関係は、少女コミックに出てくる、「あいつら二人は眼で合図しあっているぜ」とか、「お前ら、付き合っているんだって」といった少年や少女たちの会話の中身そのものである。僕は少年のときから、こういう話にまったく興味がなかったので、ここでも風太に触れなかったわけだ。しかし、原作でも映画でも、すずと風太のペアが「海街diary」の物語の基底を作っているのは間違いない。鎌倉の古い一軒家に住む三姉妹と青春入門のペアが織りなす軽い不協和音的なものが、僕にちょっとした刺激を与え、飽きさせないところのようだ。

追記:この映画の音楽を担当したのが菅野よう子で、NHK東日本大震災プロジェクトのテーマソング「花は咲く」の作曲家として知られる。