2025年10月8日投稿

「もう一つの今」

現代の世界はテクノ封建制で、そこで暮らす人々は農奴と同じ生活を強いられている、と著者は書いてきた。では、どうやって革命を起こし、人民は主権を取り戻し、「理想的な社会」を築いてゆくのか。既に、前回書いたように、著者はこの問いには答えることはできない、と自白している。

 その代わりに、SFになるが、今の社会と並行して存在する平行社会を描いている。僕は面白いとは思わないが、せっかく最後まで本書を読んだのだから、ごく簡単に引用してみる。いま、僕は柄谷行人の「世界の歴史」の読書ノートを書いていて、ちょうど最後の部分に入ろうとしており、そこでは理想の「世界共和国」について論じてある。本書の平行世界といくぶんとも重なる部分がありそうなので、ノートを進めてみる。

平行社会:民主化された企業

入社時にすべての従業員が一株を所有する(経営者と従業員という区別はない)この株は売却も貸し出しもできないが、各従業員は一票の議決権を有する。企業に関するすべての意思決定(採用、昇進、研究、製品開発、価格設定、企業戦略など)は、各従業員のイントラネットを通じた議決権の行使によって、集団で行われる。この社内イントラネットは恒久的な株主総会の機能を果たすことになる。ただし、会社の所有権は平等でも、報酬はみな同じとはかぎらない。

 給与は会社の売り上げから税金分を除いた収益を4つのカテゴリーに切り分けた上で、民主的なプロセスによって決まる。一つは会社の固定費(設備費、ライセンス料、公共料金、家賃、利払いなど)の支払いの分、次は研究開発に充てる分。そして、もう一つは、社員やスタッフの基本給に充てる分。最後は、ボーナスに充てる分。これらの4つのカテゴリーにどう配分するかも、一人一票の投票によって全員で決める。基本給の部分は従業員全員で平等に分ける。新入社員も秘書も清掃スタッフも花形デザイナーもエンジニアもみな平等だ。問題はボーナスの配分だ。著者は「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」を少し変えた方式を書いている。従業員それぞれに100トークンが与えられ、その年度に貢献したと思われる社員(自分以外)に与える。社員は同僚から与えられたトークンの総数に従ってボーナスを受け取る。

 このシステムの最大の特徴は、いわゆる経営者がいなくて、事務的マネージメントを業務とする社員はいるが、他の社員とは平等の地位にある。当然、時間を貸して賃金を稼ぐ階級は消滅している。社員が所有している一株は売買も貸借もできない。このタイプの会社群では、レントや市場独占の弊害がないので、真の競争的な製品市場と価格形成のプロセスが整い、それによってこれまで誤って資本主義と結び付けて考えられてきた起業家精神イノベーションの原動力が強化される。

民主化された貨幣

中央銀行はすべての人に無料で銀行口座を提供し、給付金がすべての口座に配られる。つまり、社会全体のベーシックインカムの実現である。給付金の配分には新たな貨幣の発行が必要になるが、その総額は2008年以来中央銀行が民間銀行を支えるために発行した額を越えるものとはならないだろう。このシステムが稼働すると、民間銀行は存在できなくなるはずだが、著者は民間銀行の存在を前提として議論しており、僕にはよくわからない(そもそも金融とは利ザヤが一体となっているので、それを否定すると銀行は存在できない。また、民主化された企業では、株式投資はありえないので、証券会社も存在できなくなる)。人々は中央銀行からのバーシックインカムの他に、所属する企業から基本給とボーナス(上に述べた)、またあれば民間銀行の貯蓄に対する利息がある。しかし、これらの収入には税金がかからない。消費税も付加価値税もない。では、国家の財源はというと、すべての企業は売り上げに対して一定の割合を国に治める。これは売り上げに対する固定税金であり、利潤に対する税率ではない。これによって、企業は経費の水増しなどをしなくなる。

 国際貿易と決済に関しては、新たな国際金融システムによってグローバル・サウスへの富の移転が継続的に担保されるが、一方で、バブルを膨張させて金融崩壊の原因になるような貿易と金融の不均衡を抑制する。発展途上国では何十年前から、将来の経済発展に掻けて、土地や企業の価格が上がる前に買い占めようとする「賢い」資金が急激に流入し、それが国家を蝕んできた(例えば、韓国、タイ、アフリカなど)。これによって、土地や企業の価格が高騰しバブルが膨張し、やがてはじける。「賢い」資金は早めに撤収し、破壊された人々に生活と経済だけが残る。このような事態を避けるために、過大資金税を作る。基本的にはいわゆるグローバルな投機が抑制される。

まとめ

この後、テクノ封建制を打倒するためのクラウドの反乱を著者は書いているつもりのようだが、僕にはよくわからない。例えば、世界規模の呼びかけによって世界中のアマゾン・ユーザーや顧客が一日だけアマゾンのウェブサイトを訪れないように説得され、ほんの短い間でも農奴や封臣としての務めを拒否したら、どうか。これをやっても、一人ひとりの個人はほんの少し不便になるだけだが、全体の効果は大きくなる。著者はこの類の反乱をいくつか論じているが、空間に拡散してしまったコップの水の分子を元のようにコップに収めるというエントロピーの第二法則に反するような反乱ができるだろうか。だが、技術と思考力の進歩によってできるようになる可能性は否定できないが。

 

本書のノートはこれで終わる。資本主義の根幹は、労働者が生み出した価値(製品)と労働者が得る対価の差額、剰余価値を資本家が収奪するところにある。クラウド資本は、物質の生産よりそれを動かすことに重点を置き、人々の行動まで支配し、場の使用料(レント)を得る。著者は物の生産より物の消費活動がメインとなった世界をクラウド封建制とよんだ。著者は、クラウド封建制によって資本主義は滅亡の淵にたたされている、とするが、僕は同意しない。興味深いのは、本書に書かれている、資本主義の歴史とクラウド封建制の誕生に対し、トランプ政権はいちいち反抗しているところである。「生産回帰」などであるが、これについては、項を改めて書きたい。