2025年8月1日 投稿

ヤニス・バルファキス「テクノ封建制」の読書ノート

GAFAMが人々の生活を大変革し、新しい時代を築きつつあることは明白である。また、資本主義が「新自由主義」の時代となり、大きく変容した。さらに、コロナ禍は各国の政治経済に大混乱をもたらした。こうした時代の社会の基底を論じたのが、本書である。僕はこの1年にわたって、柄谷行人の「世界史の構造」を読んできたので、本書が扱っている事象にとりわけ興味があった。

 

封建制度

著者は次の様に書いている(P84)。自国(ギリシャ)の歴史において、3000年以上前に、北方からやってきたドーリア人がギリシャ半島を征服した。彼らはミケーネ人が持たない鉄の武器使って征服した。土地を所有するドーリア人は、その土地を収奪された人たちを支配する力をもつようになった。そして、かなり最近まで、土地と高度な武器こそが、だれがだれに対してなにをするかを決めていた。だれが権力を持ち、だれが従わなければならないかを。これが「封建制」だ。しかし、これは、「封建制」の一面だけを見ている。柄谷行人の「世界史の構造」によれば、封建制度は、「支配」と「保護」を基本とする交換様式Bによって成立している。権力を有する者は、被支配者を外敵や異常気象などから保護し、かれらによる生産を維持しなければならない。それ故、交換様式Bは封建社会の安定性の土台となっている。このような「封建制」は領主による土地の囲い込みと土地が生み出す穀物が基盤となっている。例えば、日本の大名の地位が領土から生産される米の量、「石高」で表されたのである。この封建制の基盤がゆらぐのは、土地と同等かそれいじょうに重要な生産手段(農業の機械化など)が現れるか、あるいは農産物以上に重要な製品の製造に労働力を奪われるケースなどである。

封建制から資本主義への移行

資本主義は、資本財(蒸気機関、工作機械、紡績機、電信柱など)の所有者が人々や社会を支配する力を手に入れたとき、できあがってきた。資本家の力は、地主の力を凌駕するようになった。土地は生産の場から、インフラの一部に変化した。これは共有地の私有化(資本の一部となった)が先行した結果、可能になった。柄谷の「世界史の構造」で論じられているように、「労働力の商品化」を経て、資本主義は自己増殖するシステムとなり、領主や地主による生産システムを凌駕することとなった。産業資本だけでなく、金融資本も資本主義的となった。本書には、「封建制から資本主義への移行とは、要するに土地の所有者から資本財の所有者へと支配力が移行したことに他ならない」と書かれている。しかし、封建制の農民が生産物の一部を残して上納した場合と違って、資本主義的生産の場で、労働者が生産物の一部を手元に残して、残りを資本家が総ざらいする、わけではない。柄谷の本に繰り返し書かれているのは、生産者(労働者)は同時に消費者であることである。資本家が事業によって物を生産しても、その者を買ってくれる人間が必要である。ここに一つの「交換」が生じ、社会のあり方に大きな影響を与えるのである。まだ先の話になるが、本書が扱う「クラウド資本」と新しいテクノロジーの利用者の間に、新しい交換様式が生じているかどうかを論じるのは楽しみな課題である。

IT技術の超高度化

冷戦時代、ソ連核兵器攻撃の打撃を分散化するために、アメリカの国防総省は資金を投入して分散型のコンピュータ網を設計構築した。このネットワークは、資本主義の市場の要請とは無関係だったが、目的は資本主義的政治経済の防衛を目的としていた。やがて、ネットワーク技術は軍事用途だけでなく、学術研究の分野に広がり、最初のインターネットInternet WAN (Wide Area Network)、つまり複数のネットワークを接続するための通信インフラができあがった。インターネットは1990年代に爆発的に普及したが、その背景には、モバイル技術とクラウド・インフラ(インターネットを通じて利用できるサーバーやストレージ、ネットワークなどのIT資源)の飛躍的な発展・充実があった。

IT技術者たちは、好奇心から、インターネットに日々蓄積される膨大なデータから、意味のある情報を取り出して開放することに集中した。仲間が好みそうなウェブサイトや友人たちのグループ、仕事仲間、書籍や映画、音楽などへ導くための検索パターンや、それらをクラスタに分類するためのアルゴリズムを作った。すると突然ブレイクスルー、本物のシンギュラリティが起こった。アルゴリズムが受け身であることをやめ、それまで人間にしかできなかったことを自己でしはじめた(利用者に指示するようになった)。このステップは三段階からなっている。最初は、単純なアルゴリズムから行動の結果に照らして目的をかなえるアルゴリズムへの飛躍(フィードバック)、つまり自律的にプログラムを修正できるようになった。次の飛躍は、標準的なコンピュータのハードウェアが、ニューラル・ネットワークに置き換えられた。つまり、脳の神経系を模した多層的なハードウェア(ロックフェラー大にいたときの僕のボスだったエーデルマンはこれを考えて、自分で学習するロボットを作った:彼はロボットと言わず、ダーウィン三世と呼んだ。ちなみに、自分がダーウィン二世。また、これをさらにさかのぼるとフォン・ノイマンの回路になる)が開発され、驚異的な速さで高度精密化された。最後に、「強化学習」(結果をスコア化してそれを最大または最適にするような超高速フィードバック作業でアルゴリズム自体も最適化される)の結果、インプットに対する最適なアウトプットを生むことが可能となった(α碁やαフォールドなど)。これまでなら問題はない。

クラウド資本

ヒトの嗜好や行動は、クラウド・ネットワークのアルゴリズムによって、本人よりもクラウド資本(著者の造語:インフラ・クラウドとそれに連結している情報ネットワーク全体を指す)によって決められてしまう(本人が意識しようがしまいが)、というのは間違いない。著者は「18世紀に大衆から奪われたのは、土地へとアクセスする権利だったが、21世紀に奪われたのは、自分のアイデンティティへのアクセスだ」と述べている。しゃれた言い回しだが、これを僕は次のように解釈した。自分と他の人々を区別する様々なファクターや基準は、自分よりシステムの方がよく知っている。しかし、自分の身体のことは、自分より医師のほうがよく知っているからといって、自分のアイデンティティが奪われていることにならない。また、資本主義社会においては、同じ言い方をすれば、労働者は生産手段にアクセスする権利は持っていない。著者は生産手段にアクセスする様式が、プロレタリアート農奴では、まるで違うことを述べている。

クラウドプロレタリアートクラウド農奴

テクノロジーが最先端になっても、工場を這いつくばって働く低賃金労働者に機械が強いる様相は、ほぼ200年前と変わらない。アマゾンの半自動化された倉庫で働く労働者や多くの荷物をかかえた配達員の仕事は、まさにプロレタリアートである。著者は、「クラウドベースのアルゴリズムによって肉体の限界にまで働かされる賃金労働者をクラウドプロレタリアート」と呼んでいる。しかし、これは産業資本の労働者と基本的な点で同じである(伝統的な職場では、「モダン・タイムス」で描かれたような労働者と著者も指摘している)。ただ、輸送、配送、倉庫保管業の管理者は既にアルゴリズムになっている。

 クラウド資本の構成は、スマート・ソフトウェア―、サーバー・ファーム、基地局、そして大量の光ファイバーである。しかし、クラウド資本の根幹はコンテンツであり、物理的なものではなく、フェイスブック(Meta)に投稿されたストーリーであり、YouTubeの動画であり、Instagramの写真であり、Xのジョークや悪口であり、アマゾンのレビューであり、私たちの位置情報などである。利用者(ほとんどすべての人間)は自分たちのあらゆる情報を無料で、しかも嬉々として差し出している。これが、クラウド資本の再生産のプロセスである。この無償でクラウド資本の再生産に勤しむ人々を、著者は「クラウド農奴」と呼ぶ。註:僕は、“無償で”というのは正確ではないと思う。人々は、価値があるかどうかは別にして、大量の情報を得ている。

 「Amazon.comに入ると、そこは資本主義の世界ではない」と著者は言う。食べるもの、着るもの、本や音楽、ゲームなど、いろいろな店があるが、どの店もジェフ(Jeff Bezos、Amazon創立者)のものだ。ユーザーは、自分の好みで、食べ物や衣服、趣味の品などを選んでいると思うかもしれないが、それはクラウド資本のアルゴリズムに従っているだけである。それは、ユーザーが、クラウド資本が支配する世界に入っても、なんでもできるわけではない。お金という制約が厳としてある。クラウド資本はお金のないユーザーを排除するし、所有するお金の額によって扱われ方が変わってくる。各人が所有する金額が違っているとすれば、なにがそれを決めているか。それも、クラウド資本が決めているという論は、率直には受け取れない。資本主義はまだ機能していると考えるほうが、自然だろう。この本は、次章以下、資本主義の終焉について論を進める。

クラウド領主の登場

クラウド領主」という刺激的な言葉を使っているが、著者の書いていることをフォローしてみる。2020年8月の水曜日の朝(ロンドン)、コロナ禍のイギリスの国内総生産が20.4%減少したというニュースが流れた。驚いたことに、ロンドン市場はその統計に反応して急落するどころか、2.3%も跳ね上がった。これはどうしたことか?市中のトレーダーたちは、こう考えたのだろう。2008年の金融危機(リーマン破綻)のとき、中央銀行がやったことは、お金を刷って、金融機関にばらまいた。当局は、事業投資を増やし、雇用を安定化させ、経済が崩壊しないようになることを期待した。しかし、平均的な事業者が返済できないことを恐れた金融屋は、大企業(例えば、GE、フォルクスワーゲン)にしか貸し出さなかった。そのお金を、大企業は新規事業の拡大には回さず、自社株買いに使った。それらの大企業の株価はつりあがり、株主と経営者は利益を得た。これと同じことが起こると、トレーダーは読んだのだ。コロナ禍で潤ったのはクラウド企業(実際にはAmazonしか著者は論じていない)である。Amazonは時給を上乗せして、10万人のスタッフを新規雇用した。ただ、これはコロナ禍で閉じこもった人々の生活に宅配事業が潤ったためであり、なにもクラウド領主の出現と言わなくてもいい。

 著者は、クラウド資本の時代のはじまりは、2008年の金融危機という。アメリカのFederal Fund金利は、リーマンショック対応で5.25→0.00-0.25%となり、以後長期のゼロ金利政策がとられた。大企業が投資を拒否しているので、金融業界のためにマイナス金利にまで及んだ。これは金融市場で、貨幣が腐ったとしか言いようがない。あふれかえったお金はまじめな投資や雇用に向けられることはなく、株主や経営者はイタリアの村まるごと、カリブ海の島、サッカーチームなどを買いあさった。そして、使い方もわからないビットコインやNFTのようなデジタル資産を買い始めた。社会全体からみれば、カネ余り(インフレ)による不況の状態となった。ここで、活発に躍動し、腐った貨幣から利益を得たのが、クラウド資本だと、著者は言う。アダム・スミスの、投資による利潤追求が資本主義社会を豊かにする、という哲学は消えてしまった。

金融界の超支配者

44金融業界のビッグスリーと言われるアメリカの資産運用三社、ブラックロック、バンガード、ステート・ストリートだ。これらの会社は、アップル、マイクロソフトコカ・コーラJPモルガン・チェースなどの大銀行、アメリカン航空などの資産を運用管理している。中央銀行の流すお金が経済の原動力として、利潤にとって代わり、「エブリシング・ラリー」(すべての資産クラス、例えば、株式、債券、金、仮想通貨、などが同時に値上がりする相場状況)が物価の上昇(インフレ)をもたらした。この状況は、資産運用会社が扱う資産を膨張させた。例えば、ブラックロックは1年間に10兆ドルを運用した(2023年の時点で)。これは日本のGDPより多い。超富豪や機関投資家は「パッシブ投資家」になりたがる。つまり、どの株を買うのかを自分で選ばず、安全でなにも考えなくてもいい株式投資を資産運用会社に委託する。上記のビッグスリーニューヨーク証券取引所に上場しているあらゆる企業の株式を買い集める。これなら、超大不況でも起こらない限り、リーマン破綻程度のショックなら十分に乗り切れる。これが、コロナ不況でも株価が維持された理由である。著者は、クラウド資本とこうした金融屋が市場(利潤を追求することで発展してきた)を破壊し、国家の主権者である消費者をアルゴリズムのおもちゃにしていると指摘する。

利潤が消えてレント(地代)の再登場

土地を所有していると、その上で行われた企業活動の利潤の一部を得ることができる。これがレントである。石油採掘権が発生する土地や海底も、それらを所有する王族や国家に、採掘された石油やガスの利潤の一部が入る。この段階では、事業による利潤は採掘権(これも超巨大な額だが)のようなレントよりも大きい。

 この本の著者は、GAFAMのようなITを基盤とする超大企業(コングロマリット的)が、クラウド領主として臣下(企業)や人民(ユーザー)を支配する社会になってきたことを論じている。それは、利潤を追求することで発展してきた資本主義社会を、再度封建制に戻しつつある、と著者は主張している。いわゆる市場は起業活動の結果生じる「利潤」が原動力として社会を動かしているが、いまや、レントによって成立していた領主の封建制(註:著者はこう書いているが、僕は、封建領主と農民の関係と、現代の土地の所有者と土地を利用している人、企業などとの関係は違うと思っているが、ここは著者の論理にしたがっておく)が、利潤を基盤とする資本主義を抑え込もうとしている。

 著者はいろいろと話題を転換して、クラウド領主のレントの基となる領土について論じているが、まどろっこしいので、以下に僕が勝手に簡略化する。例えば、Amazonが領土としているのは、世界最大級のITのインフラで、自社のクラウドサービスAmazon Web Services (AWS)の上に構築されている。AWSは、仮想サーバーの提供、オブジェクトスト―レージ(商品カタログ、顧客データなど)、高速データベース、コンテンツ配信ネットワークなどが活用されている。さらに、このシステムは、一つの巨大なソフトウェアでなく、多数のマイクロサービスから構成されている。このため、利用者は独立してサービスを利用できる。また、1つのサービスに障害が起きても、システム全体は駆動し続けることができる。データベースは高度なアルゴリズムとAIを使用している。これらは基本的には情報のやり取りと収集をメインとするITだが、実際に企業はこれらのネットワークに頼らないと、顧客と繋がり難くなっている。

ソニーは携帯型音楽デバイスウォークマンを発明して、市場を独占し、莫大な利潤を生んだが、やがてアップルのiPodに市場の王冠を明け渡した。市場における競争は、企業の利潤を大きくしたり、小さくしたりする。これは、健全な資本主義のあり方である。アップルは、使いやすさに定評のあるインターフェースを備えたラップトップ、デスクトップ、iPodを投入することで、マイクロソフトIBMなどとの競争に生き残り、さらに、iPhoneによってブレイクスルーをなしとげ、自らを1兆ドル企業に成長させた。著者によれば、スティーブ・ジョブズが天才的ひらめきによって、社外の「サードパーティー開発者」にアップルのソフトウェアを無料で使わせ、開発したアプリをアップルストアで販売するという斬新なビジネスモデルを創出した。これによって、iPhoneはただの携帯電話の枠を超え、ライバルのノキアソニーブラックベリーなどとは次元の異なる存在となった。アプリの開発者は、アップルストアを通じて事業を運営するより他に生きる道はなかった。その代償として、総売り上げの30%のレントをアップルに支払うことになった。

アップルと同様に、多くの開発者に自社ストアのアプリを開発させることができたコングロマリット(多業種企業複合体)はグーグルである。iPhoneができる以前に、グーグルの検索エンジンはGメールやYouTubeなどのクラウド資本の基盤ができていた。グーグルはAndroidを開発し、どのメーカーのスマホも無料で搭載できたので、多くのアップルのライバル企業の製品に搭載されるようにした。著者は、アップルとグーグルの2社がクラウド領主として、ただで働いてくれるサードパーティー開発者が生み出す売り上げから、一定の割合のレントを献上させている、としている。さらに、著者は、「全体を俯瞰すれば、世界経済を回しているのは利潤ではなくクラウド・レントになりつつあるのは、明らかだ、と記している。GAFAMなどが世界経済を回していることは、僕は認めるが、利潤よりもレントがその基盤となっていることには条件が付く。フェイスブック(Meta)は広告料で成り立っているので、そう言えるが、アップルやマイクロソフトはそうではない。

著者も、クラウド領主は莫大な金額をテクノロジーに投資した、ことは認めている(P170)。しかし、なにに投資をしたか?モノにせよサービスにせよ、それを販売し、利潤を手にするための商品として開発したか、というと、答えはNoである。投資の目的は利潤ではなく、多くの人々の関心を引き付け、それを変えることを目的としている(支配しようとしている、と言い換えたほうがわかる)。つまり、著者は、人々を正常な競争社会である資本主義市場から退場させることを目的としている、と言う。これは、SNSが政策を訴えて競合する選挙活動をゆがめることに似ている(と僕は思う)。

クラウド領主が文字通りの領主であることを示すもう一つの例として、著者はイーロン・マスクによるTwitterの買収を上げている。時代遅れになりそうな自動車産業に新たな革命を起こし、当面利益につながらない宇宙産業(スペースX)に力を入れている彼が、なぜTwitterが必要なのか?それは、ユーザーの関心を無条件に引寄せ、消費者の行動を支配し、クラウド農奴としての人々から無償の労働力を引き出すためである。

テクノ封建制がもたらす災い

世界の企業の時価総額ランキング(2025年6月)を見ると、半導体メーカーのNVIDIA以外はトップ5をクラウド領主が占めている。このテクノ封建制は、全人類にとって災いをもたらす、と著者は言う。最近のコロナ禍に続いた大インフレと生活コストの上昇は、テクノ封建制の文脈以外からは正しく理解できない、と著者は述べる。

 2008年の金融危機後、中央銀行は12年もの長きにわたって銀行屋の損失をカバーするために大量の貨幣を発行してきた。この過剰な金は健全な企業による投資にまわることがなく、多くはクラウド資本の蓄積にまわった(および大企業の投資でなく自社株買い)。コロナ禍において、2008年以降ではじめて、中央銀行が発行した数兆ドルの一部を政府が人々のために使い、ロックダウンの中で市民の生活を支えた。とはいえ、結局その金のほとんどは、超富裕層の資産となってしまった(コロナ禍で超富裕層の資産は3割近く増えた)。ロックダウンによってモノの供給が制限され、多くの人たちが中央銀行の資金による援助に収入を頼っていたら、いやでも物価は上昇する。つまり大インフレとなった。1970年代のインフレでは、強力だった労働組合がインフレを上回る賃上げを勝ち取っていたから、一過性で済んだ。しかし、2020年代になると、アメリカ生産企業の衰退にともない、労働組合も衰弱してきた。インフレでモノの値段が上がると、どの組織もインフレの上限を目指すパワーゲームが始まった。経営者は値段の上限を見極めようとするし、弱気な場合、せめてコストの上昇分は取り戻そうとする。クラウド領主もレントを上げてみる。弱体化したとは言え労働者も生活費の上昇分くらいは賃上げを勝ち取りたい(人件費の高騰)。政府もこのパワーゲームに参加しているが、所得税や消費税の増加をどう処理するかに腐心する。中央銀行金利を上げたいが、ただでさえ物流が途絶えがちな中で、弱腰にならざるを得ない。かくして、インフレは続いてしまう。

 著者は、「最近のコロナ禍に続く大インフレと生活コストの急上昇については、テクノ封建制の文脈以外からは正しく理解することはできない」、と書いているが、よくわからない。中央銀行の低金利政策と大量貨幣のたれ流し、が原因であることはここに書かれているが、クラウド領主にその責任があることは、分かりやすくは書かれていない。「新自由主義」の位置づけが徹底していないのがその理由のような気がする。また、ドン・キホーテ的なトランプがGAFAMの流れをいささかなりとも食い止め、アメリカ製造業の復活を一部でもやり遂げることができるか、現実の問題となっていることは、興味深い。

 著者は、この後、21世紀を特徴づける巨大な権力闘争、すなわちアメリカと中国の新たな冷戦、について述べている。さらに、最終章として、テクノ封建制からの脱却を書いている。この最後の2章について、僕のノートは項を改めたいので、今回はここまでにしておく。