2025年8月21日 投稿

「テクノ封建制」の続き

ニクソン・ショックアメリカの赤字貿易

第二次大戦後、1965年ごろまで、アメリカは航空機や電気冷蔵庫を欧州や日本に輸出し、貿易黒字を維持していた。つまり、アメリカの金準備は手付かずのまま維持されていた。しかし、その後、アメリカの輸入額が輸出額を上回り、経常赤字に陥った。そのため、流出したドルはアメリカに戻ってこなくなり、外国にたまったドルはアメリカ政府の準備「金」との交換が盛んになった。そこで、1971年8月、ニクソン大統領は米ドル紙幣と金との兌換(ドルを1オンス当たり35ドルで金と交換できる)を一時停止すると発表した。突然、アメリカ以外の国の中央銀行は自国通貨の価値の支えが、金からドルに代わった事態に直面した。赤字国のフランスやインドは自国通貨を支えるためには、ドルを借りて金利を上げなければならなくなった。しかし、同じ赤字国でもアメリカの場合、ドルは自国の通貨なので、通貨としては安定している。そのため、アメリカは日本の工場で生産されたモノを大量に買い入れ、ドルで支払った。流出したドルは、アメリカの不動産やウォール街への投資として、アメリカへ還流する結果となった。いまの日本が、アメリカの国債を多く所有し、投資が多くなっているのは、このためである。

自国の製造産業を犠牲にしたアメリカの覇権

文化大革命の混乱後、1978年鄧小平の中国経済の大転換によって、中国は世界経済の主役を演じるようになる。日本、中国、韓国、その他のアジア諸国の製品が、ウォルマートなどに大量に流れ込み、それらの利潤はアメリカの国債やゴルフ場、高層ビルやウォール街デリバティブに化けた。このアメリカの輸入と東アジア諸国の商品生産を支える仕組みは、アメリカと東アジア諸国の支配階級の間に結ばれたものだが、双方の地域の労働者を悲惨な状態に追いやることとなった。アメリカでは、投資不足と国内産業の空洞化によって、労働者は困窮することとなった。一方、例えば中国では、沿岸地域の工業化が急速に進み、労働者は過剰投資にともなう搾取に苦しめられた。世界全体を見ると、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの経済が弱い貿易赤字国は恒常的なドル不足に陥った。医薬品やエネルギー、原材料を輸入するためにウォール街からドルを借りなければならず、借りたドルは輸出によって返済しなければならなかった。これらの国々の経済的困窮に対して、西側諸国は管財人を送り込んだ。それがIMF国債通貨基金)である。IMFは債務国にドルを貸し出すかわりに、水、土地、港、空港、電力網、通信網、学校、病院などを国際機関の支配下に置いて、そこからの利潤をウォール街に還流させる仕組みを作った。これがアメリカの覇権を支えた、と著者は強調している。

中国のクラウド領主の登場

ここで、2008年の金融危機が起こった。この金融危機は二つの結果を生んだ。一つは、既に述べてきたように、アメリカのクラウド資本の増強である。もう一つは、中国の経済的地位の確立で、そこには当然中国クラウド資本の樹立が含まれている。ウォール街の底が抜けたとき、中国は国内投資を総所得の半分まで増やした。このため、グローバル資本主義は安定を取り戻した。西側諸国の景気後退の溝の多くを、中國の投資が埋めたのだ。中国の国際的地位は高まり、ドル黒字が蓄積した。これによって、アフリカやアジアに多額の投資を行い、「一帯一路」構想によってヨーロッパにまで投資した。この投資の代償は中国の労働者が負担した(労働者が貧しいというのではなく、取り分が少なかった)。また、投資の増加は地方政府が不動産業者に提供した土地を担保にした融資によって支えられていた。そのため、中國中の住宅価格と地価のインフレを伴った。中国の市場は制約が少なくないが、巨大である。また、ITの浸透も予想以上に早かった。ほどなく、シリコンバレーの巨大テックは、強力なライバルの存在に気付いた。中国の巨大テック企業だ。当初、西側はそれらの力を見誤っていた。百度(パイドウ)はグーグルの廉価版で、アリババはアマゾンのまがいものだと思っていた。しかし、中国のクラウド総合企業は、通信、エンタメ、Eコマース、海外投資、その他多くのサービスがオン・ラインの金融サービスと直接に統合されている。さらに、政府機関と直接結びつき、クラウド資本の集積を政府機関が社会のあらゆるところで利用している。とりわけ、中国のクラウド領主の力は、クラウド資本と金融との融合、つまりクラウド金融としても発揮される。

アメリカのグローバル覇権をおびやかす中国のクラウド領主

2019年5月、トランプ大統領は、グーグルのアンドロイドOSを搭載することを禁ずる大統領令に署名した。つまり、グーグルのグローバルな封土からファーウェイを追い出したのだ。さらに、ジョージ・バイデンが大統領になると、2022年10月、ホワイトハウスは中国への半導体および半導体製造装置の輸出を制限する命令を出した。すなわち、中国が技術先進国になることを許さない、とした。特に、2008年の金融危機以後、アメリカの覇権を維持するためには、ある程度自国のクラウド資本に頼らざるをえなくなっていた(旧来の資本主義の立場を越えて)。その状況で、アメリカの覇権を脅かすものとしての、中国のクラウド領主と対決しなければならなくなった。

 ドルが基準通貨であることは、アメリカだけでなく、世界の貿易黒字国(ドイツや中国)も歓迎していた。それらの国では、余剰生産物をアメリカに輸出することで、大量のドルを獲得し、それをアメリカの資産とレント(金融)に転換していた。著者は、この取引をダーク・ディールと呼んでいる。それは、中国や日本、韓国、ドイツなどの資本家が、自国労働者から剰余価値を搾り取ったものが、取引に使われているからである。それは、過剰生産物と結果として交換となったFIRE (Finance, Insurance, Real Estate)は、労働者にとって何の実質的な価値がないものだ。また、実はダークディールはアメリカの国民にとっても、とんでもない負担となった。自国製産業の衰退(失業率の増加、賃金の抑制、家計債務の増加)はあまりにも酷かった(註:トランプ政権の誕生の契機)。

 繰り返すと、ダークディールは、アメリカドルの覇権(ドルの還流)と貿易赤字(諸国の貿易黒字)が基となっているが、(中国の)クラウド資本が登場すると状況が変わってきた。中国のソーシャルメディアTikTokアメリカ人にターゲット広告を見せることによってクラウドレントを徴収できる(アメリカ顧客はTikTokに料金を払う必要はない)。これはダークディールではない。本書には記述がないが、この場合でも、製品を販売する広告主企業にダークディール的要素が残る。このような中国のクラウド資本は、中國製品の輸入を規制するアメリカの支配力をものともしないようになってきた。この項目の始めに記した、ファーウェイを排除し、TikTokの新規ダウンロードを禁止したことは、「国家安全保障」上の懸念とされているが、著者はそれを偽装と断言する。つまり、中国のクラウド金融の台頭がウォール街シリコンバレーの脅威になってきた現状を押し戻すのが真の狙いである。

 1985年、レーガン政権は対日貿易赤字を削減する目的で、プラザ合意を経て円の大幅切り上げを日本に強要した。アメリ核の傘下にある日本はこれに従い、日本の資本主義は後退を余儀なくされた。トランプ(一次政権)はこれと同じことを中国に対して行おうとしたのである。しかし、中国はアメリカ軍の防衛の傘の下にあるわけではないので、人民元の切り上げの圧力には屈していない。また、ファーウェイやZTEといった巨大テックは一時的な痛手から立ち直り、独自のオペレーションシステムとプラットフォーム・ソフトウェアの開発に乗り出した。中国のクラウド領主は、クラウド資本とクラウド金融をアメリカから守ることが、自国の未来がかかっていることを理解していた(註:中国資本と中国のクラウド資本の関係がよくわからない)。

 2020年10月、バイデン大統領は先端マイクロチップ製造に資するすべての関連品目の中国への輸出を禁止すると宣言した。これは、アメリカと中国の全面的な経済戦争である。この輸出禁止令は予期しなかった結果を生んだ。第一は、それまで中国の政権はクラウド金融にはそれほど関心がなかった(ダークディールの恩恵を受けていたから)。それが一転して、クラウド金融を全力で守るほうに向かわせた。もう一つの予期しなかったことは、西欧を含む世界中の資本家とレント階級が中国のクラウド金融に群がるようになったことである。その背景は、中国市場の爆発的な拡大である。著者によれば、ウクライナ戦争がアメリカの行動をうながし、「大量の資金がドル建て決済システムから、中国のクラウド資本が運営する人民元ベースのシステムに移行した」という。この間、中国の資本主義の利潤は圧迫され、中国のテクノ封建制への移行が進んだ。こうして、テクノ封建制の初期段階である現在、ウクライナ戦争と大インフレが貧困や気候変動を加速させ、人々の生活を圧迫する。やがて、世界はアメリカと中国の二大クラウド封土に分断され対立となる。このことから、よいことや価値のあることは、ほとんど生まれない(と著者は断じている)。

グローバルサウスの国々の状況

クラウド資本を持たないヨーロッパは、まだ裕福な資本主義の生活をしている(註:国民の幸福度はヨーロッパが高い)。しかし、レバノンパキスタンやインドやアジアの大半も、アフリカやラテンアメリカはそうではない。グローバルサウス(GS)の国々は、何十年にもわたって、輸出製品を製造するためにドルを借り入れて原材料を購入するよう促されてきた(自国で生産する原料は、特例を除いて少ない)。さらに、ドル建て債務の金利負担が大幅に増加し、政府は財政破綻しつつある。ドル建て債務の不履行に陥れば、燃料や食料、原材料を購入できず、国民を食べさせることも、工場を運営することも、畑を耕すこともできなくなる。そこで、例えばIMFからドルを借り入れて既存のドル建ての負債を返済する方針を選べば、二つの地獄のような条件が課せられる。ます、水や電力といった生活に欠かせない事業の権利を、「投資家」の皮をかぶった寡占企業(現地の特権階級を含む)に渡さなければならなくなる。次に、国内の燃料と食料の価格をつりあげることを強いられ、そのため、国民は飢えと過重労働にあえぐ生活を余儀なくされる。こうした状況に中国が割って入る。寡占企業が中国から借入を行って、いわゆる人民元によるダークディール(まだ巨大化していない)を強いられる。

テクノ封建制の欺瞞

電力「市場」はテクノ資本の狙いどころだ。個人の住宅にはたった1社の送電線が通じているだけである。これは「自然独占」の典型である。もし、政府がそのような独占権を一つの私企業に売り渡すと、人々は反対するにちがいない。そこで、民営化に熱心な政府は単一の送電線と各家庭の壁に通じる一本の電線のまわりに電力市場をつくり、入札によって(みかけだけの)安価な電力供給システムと称するものを作った。しかし、このシステムはたちまち寡占企業に乗っ取られ、「その寡占企業はエネルギーを金融化の網に絡ませて利潤を生みだしている。そしてこの金融網がクラウド金融に融合していくにつれ、気候災害を回避するためのエネルギー政策を選択する民衆に残された力まで奪われていく」。僕は、ここのところが、まるで分らない。特に、金融網がクラウド金融に融合する、とはどういうことか。第一、エネルギーシステムを支配している寡占大企業はクラウド資本に頼らなくても、少なくとも現在は健在である。電力産業は、石油資源原産国や原子力開発集団と緊密な利害関係によって繋がり、資本主義経済が一番うまく(ずるく)回っている事業である。いまは、クラウド領主がつけ入る隙がないように思える。IT産業と連携した非石油資源による電力が、クラウド産業の情報操作によって力をつければ話は変わってくるが、いまはそうではない(中国の太陽光発電は資本主義経済の壁にぶつかっている)。

 確かなことは、テクノロジーの進歩でクラウド資本はさらに強くなる。僕は、これも簡単には納得できない。最先端3Dプリンター、AI主導のロボットなどとクラウド資本が一体となれば、従来の資本主義的コングロマリットの強みである「規模の経済」を凌駕できるようになる。ここにおいて、巨大な二大クラウド封土(アメリカと中国)の対立は激しくなるであろう。著者は述べる、この対立で世界の平和が犠牲になるのは明らかで、民主主義といえるようなものはすべて夢のまた夢となってしまう。ここにおいて、民主主義を生かし続ける希望になりうる政治体制は中国共産党しなない、と著者は書く(ジャック・マーなどのクラウド領主を厳しく制限し、共産党が受け入れられる範囲内にクラウド金融をとどめる)。この世界の民衆にとってのかすかな希望の光が全体主義の社会にしかないというのは、興味深い(註:皮肉である)。

 この後、最終章「テクノ封建制からの脱却」という項があるが、次回に検討する。