2024年9月10日 投稿

Ghalambor, C. K., et al., Non-adaptive plasticity potentiates rapid adaptive evolution of gene expression.  Nature 525: 372 (2015), (文献19)の紹介

同じgenotypeを有する個体群が、異なる環境要因によって、表現型(発生過程の変化によるもの、あるいは個体の行動や学習によるもの、など)が違ってくることを、 plasticity(可塑性)と言う。しかし、この表現型のplasticityと表現型の進化の関係は、不明のままである。表現型のplasticityはnon-heritable variationなので、この問題は、正当には扱われてこなかった。

 特定の地域や集団だけに限定してみても、ある生物が環境変化に出会ったとき、様々なphenotypesの変化を示す。その変化が、the local phenotypic optimum(局所的に、一定の集団が最適な生育をする表現型)に向かっていればadaptiveといい、逆方向になっていればnon-adaptiveという。別の言い方をすれば、plasticityが自然選択に有利な方向であれば、adaptiveとする。しかし、adaptive plasticityはadaptive evolutionに向けての自然選択の力を弱める、とする考えもある。逆に、前回取り上げた論文(文献18)やWaddingtonやLindquistたちの研究でみてきたgenetic assimilationは、adaptive plasticityの集積と言える。これまでの、phenotypic plasticityの研究は実験室内で行われてきた。この論文の著者たちは、自然の環境の中でどうなっているかを、調べてみた。

 High-predator(HP)強捕食者(例えば、pike cichlid)の脅威にさらされながら生育しているTrinidadian guppiesを研究対象に選んだ。Trinidad島の図1のような地形の川を実験場所とした。下側のHigh Predationは捕食者のcichlidとguppyが一緒に棲息している地域、上流のLow Predation (LP)はcichlidが棲息していない地域。HPに住んでいたguppiesをcichlidの棲息しない地域に移したら、どう変化が生じるかを調べた。それぞれ、38匹の妊娠中の♀と38匹の♂を、上流の二か所LPに放流した(Intro 1 and Intro 2)。1年後(3-4 guppy generations)、放流した魚の子孫を回収した。Low Predation地域から天然のLP魚を集めた。これは、ずっと昔に、HPからLPに移って進化したphenotypeを有すると考えられる。

図1.論文19より引用。

 もう一度述べると、下記の4つの集団を使った。

1.Cichlidの棲んでいた地域からcichlicのいない地域に移した集団の1(Intro 1)

2.同上の2(Intro 2)

3.Cichlidの棲んでいる地域の集団(HP)

4.Cichlidの棲んでいない地域の集団(LP)

それぞれの地域の川から採取したこれらのguppiesを実験室内(同一条件)で2世代飼育した。それぞれのグループの生後24hのsiblings個体を二分し、一方をpredator cuesとなる化学物質に曝露させ、もう一方を曝露なしとした。Predator cuesはcichlidのpredator kairomonesとguppiesの警戒ホルモンを含んでいる。

 4つのグループの魚の脳について、37,493のmRNAsを調べた(high-throughput RNA sequencingによって)。結果を、Multivariate Between-Group Principal Components Analysis (MBPCA)(グループ間の差異を解析する多変量解析手法)を利用して解析した(図2)。図の2つの軸が全体の変動の74.5%を説明できた。PC1(主成分1:全体の変動の44.4%)によって、上記4のグループを1~3のグループから分けることができた。このことは、LPが他のグループから長時間かけて分化したことを反映している。PC2(主成分2:全体の変動の30.1%)は、HPを他の3グループから区別しているので、LP環境への急速な進化的分化それも適応的な変化をとらえていると言える。

文献19より引用。

 グループ1と2に共通に認められ、さらにグループ4にも認められるtranscriptsを、general linear statistical modelsを適用し、データの確実性を検証した。その結果、135 transcripts(concordantly differentially expressed, CDE)がこの条件を満たしていることを見出した。つまり、predatorがいない地域に適合している状態で発現しているtranscriptsである(因果関係は不明)。

 そこで、グループ3(HP)の魚をpredatorのいない領域に移したとき、CDEのtranscriptsがどう変化するか(グループ3の魚のplasticity)を調べた。著者たちは、CDE transcriptsが、predatorのいない地域に適合している(進化して?)変化とは、逆の方向に変化していたとの結論を得た(図3)。図2では、135 CDE transcriptsが、グループ3の魚をpredator cuesのない状態に移したときに変化した量を横軸に、グループ1と2において発現している量を縦軸に、プロットした。明らかに、HPの魚のplasticity(量的変化)の方向とLPに適合して進化した魚のtranscriptsの量変化は逆の方向を示している(135 CDEの内120、89%がその傾向を示した)。つまり、HPの魚はpredator cuesのない状態に対し、非適応的なplasticityを示した。論文では、具体的データとしてuridine phosphorylase 2の場合を、参考図として示している(図4)。

図3.文献19より引用。

図4.文献19より引用。

 以上の結果は、plasticityは急速な適応的進化する力を付与する、ことを示唆している。それは、plasticityがadaptiveだからではなく、むしろ逆にnon-adaptive(強い選択圧が働くときに)だから、と考える。もし、自然選択がnon-adaptive plasticityを示したtranscriptsに働くとすれば、グループ1と2の魚のpredator cuesに対するplasticityは減少しているはずである。この予見は、実験的に裏付けられた。この論文に書いた結果は、non-adaptive plasticityが新しい環境に対するadaptive evolutionを獲得する上で、重要な役割を担っていることを示唆している。