2024年12月7日 投稿
雑録:僕が東大医科研でした研究
10月16日に、このブログに投稿した「僕がした最初の研究」に続くもので、そのとき書いたように、淡路島夢舞台で行われた国際シンポジウムのdinner talkで話した僕の若い頃の研究の紹介です。1966年4月から1971年7月まで、僕は東大医科学研究所の助手をしていました。教室を主宰していたのは、内田久雄さんで、当時は助教授でしたが、しばらくして教授に昇任されました。
僕がもらった研究テーマは、大腸菌の染色体の複製機構で、具体的には複製が染色体のどこで始まり、どちらの方向に進行するか、を決めることでした。色々ないきさつがあり、結局僕一人でこの研究を進めることとなりました。ただ、内田さんはじめ多くの内田研の人たちに助けられて、結論を出すことができました。淡路シンポジウムで使ったスライドの一部にしたがって、説明します。
先ず、研究テーマです(図1)。この研究では、大腸菌の染色体の特定部分を単離することが鍵となっています。後に、DNA cloning技術が確立しましたが、その前の技術として見てほしい、と注意書きしてあります。
この研究の背景です(図2)。まず、大腸菌の染色体がsemi-conservativeなmannerで複製されるという、有名なMeselson & Stahl (1958)の研究がありました。次に、Jacob & Wollmanにより、大腸菌の遺伝子マーカーが環状に並んでいることが示され
(1961)、また、染色体の実体が環状構造になっていることが、Cairnsによって示されました(1963)。
さらに、Cairns(1963)は複製中の大腸菌染色体の実体写真と3H-thymidineのラベルを利用して、見事な写真を撮り、染色体の複製が一点から始まり、一方向に進行することを示しました(図3)。この写真は、どの分子生物学の教科書にも載っていました。僕のテーマは、複製が染色体のどの遺伝子部位から始まり、どちらに進むかを決めるものでした(図4)。結論を先回りして書いておくと、僕の研究は、Cairnsの見事な写真が間違っていることを示唆したのです。
大腸菌plasmids F’13 (lac)、F’14 (ilv)、F’15 (thy)の3種は、それぞれlac, ilv, thyの遺伝子を含んでいます(図5)。これらのplasmidsを単離すれば、大腸菌の特定の遺伝子を含む3種類の断片を得ることになります。当時、内田研の小部屋で机を隣り合わせていたのが堀内賢介さんでした。堀内さんは、Yale大学でpost-doc研究を終えて、帰国されたのです。Yale大学で、彼は大腸菌のplasmidsを大腸菌からProteus mirabilisに移す研究をされており、それらの材料を持っておられました。堀内さんは、それらの材料を惜しげもなく、僕に使わせてくれました(堀内さん自身は、医科研では別のテーマの研究にとりかかっていた)。E. coliとP. mirabilisのDNAsのGC-contentsが違うことを利用して、E. coli plasmidsを単離する計画を立てました(図6)。このプランの創出には、堀内さんと、当時技官をしていた本田正明さんとの議論がおおいに役立ちました。
実際に、E. coliとP. mirabilisのDNAsの熱感受性ははっきり違っていました(図7)。そこで、3種類のplasmidsを単離する計画を立てました(図8)。この過程で、両種のDNA含量の割合は分析用超遠心機解析で調べましたが、この操作は本田さんがしてくれました(彼が、中央機器室の担当技官だったので)。こうして、3種類のE. coli plasmids DNAsを手にすることができました(図9)。
研究の手順は、次の通りでした。E. coli染色体の複製開始はamino acid starvationでブロックできるが、進行している複製は完了するまで許容される。そこで、amino acidsを培地に再添加し、新たな複製開始を誘導する。複製開始時に3H-thimidineでlabelすると、複製開始点からの新規合成されたDNAがlabelされる。一方、染色体全体は32Pでlabelしておく(図10)。この仕組みだと、複製開始点に近いDNAがより強く3H標識されるはずです。
結果の1例を示します(図11)。APおよびAHは、それぞれDNA全体量および複製されたDNA量を示す。X1は複製されたDNAの割合を示す(染色体全体量を1とした)。結果は、ilvがlacおよびthyより圧倒的に早く複製されたことを示しました。
続いて、amino acid starvationの間、3H-thymidine labelingを行いました(図12)。図の赤点線の部分のDNAが合成されるはずです。前の結果から、複製開始点はilvの近傍にあることが判明していました。そこからclockwiseに複製が進むとすれば、amino acid starvation中には、thyがlacよりも強くラベルされるはずで、逆にcounter-clockwiseに複製が進むとすれば、lacがthyより強くラベルされるはずである。結果は、どちらとも言えないものでした(図13)。
なぜ、不思議な結果になったのか?3つの可能性が考えました(図14)。まず、amino acid starvationによるDNA複製の同調化が不十分である場合。しかし、これまでに多くの研究グループによる実験的evidenceがあるので、この可能性は低いと判断しました。次に、F’ DNAsとそれらに対応するchromosomal DNAsのhybridizationの特異性が低い場合です。しかし、DNA-DNA hybridizationの特異性は非常に高いことが、当時既に確立していたので、この可能性も低いと判断しました。残る可能性は、大腸菌の染色体の複製は定点から開始し、一方向に進むという当時の定説モデルが間違っている場合であす。例えば、複製が定点から開始し、bidirectionallyに進行する場合である。僕は論文で、この可能性を指摘しました。
翌年、染色体上でilvのちょうど向かいに位置するhisを含むF’his DNAを調製し、実験を行ったところ、染色体複製のterminusに近いという結果になり、E. coli chromosomeの複製は、定点開始2方向進行であることが明白となりました。図3のCairnsの実験を再検討したところ、まったく同じ方法で、複製が両方向に進行することが、別の研究グループが示しました。実技には定評のあったCairnsは、1枚の電子顕微鏡オートラジオグラフィー写真があまりにも見事(elegant)だったために、誤った結論を引き出してしまったのです。
この実験の論文の著者は僕一人になっていますが、内田久雄さん、本田正明さん、堀内賢介さん、たちの協力なくしてはできませんでした。現在の基準からすれば、共同論文として発表されるべきものですが、当時の研究者の社会の特異性を反映して、僕の単独著者名の論文としました(他の方の同意を得て)。前に述べた今堀研での研究と違い、この研究の骨格は、僕が考えたもので、サイエンスについての自信のようなものを少し得ることができました。
この研究には、後日談がいくつかありますが、また機会をみて書きたいと思います。
本実験を行った頃の内田研の写真がないので、内田研同窓会の写真を添付しました。