240202投稿

雑録4.映画評 是枝裕和監督「海街diary

是枝監督の映画で、僕の一番好きな作品である

吉田秋生少女コミック海街diary」を原作とする、鎌倉に住む幸田三姉妹とその異母妹の物語である。この映画は、葬式で始まり、葬式で終わる。原作のはじまりは葬式であるが、終わりにも葬式をもってきたのは是枝の趣向である。15年前に三姉妹の父親は女を作って離婚し、家を出て仙台に移り住んだ。次いで母親も別の男と所帯を持ち北海道に行ってしまった。父親と女には娘ができたが、女は死んでしまった。父親は再再婚し、山形の温泉宿に娘ともども移り住んだ。その地で父親が病死し、その葬式が縁となって、三姉妹は14歳になった異母妹を引き取って、鎌倉で一緒に暮らすことになる。

 長女の幸(綾瀬はるか)は病院の看護師、次女の佳乃(長澤まさみ)は信用金庫の職員、三女の千佳(夏帆)は小さいスポーツ用具店の店員をしている。異母妹は浅野すずと言い、広瀬すずが演じている。すずは、仙台で全国的にも知られるジュニアー・サッカーのチームでレギュラーをしていた。鎌倉にもジュニアー・サッカーのチームがあり、彼女はそこに入ることになる。原作では、このチームにはキャプテンで、容姿凛々しい男子選手がいて、その子の脚に腫瘍ができて、脚を切断するという大変な話になっている。当然、すずもその子に惹かれる。是枝は原作の少女コミック的なところを意図的に映像に残そうとしているが、さすがにこの話はスルーした。幸は同じ病院の小児科医の椎名(堤真一)と付き合っているが、椎名には精神を病んだ妻がいて別居している。椎名は自己の技量のレベルアップのためにボストンの小児科病院に行くことになり、幸に一緒に行ってくれと求愛するが、幸は鎌倉に残ることを選び、断る。このあたりは、鎌倉花火大会をはさんで、さらっと描いている。同じころ、幸は病院に新設されるターミナル・ケアの部署に移ることのオファーがあり、それを受ける。次女の佳乃は、演じる長澤まさみが容姿端麗すぎて違和感があるものの、幸との口喧嘩などから幸田家の一女としての存在感がある。彼女の上司(加瀬亮)は元都市銀行に勤めていて、訳あって転職してきたのだが、意味ありげだがなにも描かれない。ただ、信金で仕事をする二人は、鎌倉の街で事業や商売をする人たちとなじんでいる。三女の千佳は勤め先のスポーツ用具店の店長と公然の仲で、コミック的な役柄になっているが、その分、存在感がない。映画の最後のシーンは七里ガ浜だが、浜辺で4人の姉妹がたわむれて、それぞれの50年後にどうなっているかなど語り合うが、一人だけ問われなかった千佳が「ねえ、私にもきいてよ」と言う役柄がいい。姉妹たちの父親は、映画には一度も登場しない。突然、母親(大竹しのぶ)が祖母(実母)の七回忌の法要に戻ってきて、長女幸とひと悶着がある。その原因はわからないが、母親が持参した土産(すずにもあった)と幸田家の梅酒のおかげで、お互いが少し理解しあった。雨の中、二人が墓参する寺のあじさいに埋まるような参道の情景が美しく描かれている。

 僕がこの作品が好きなのは、普通の家庭料理が描かれているからである。すずが鎌倉に到着したときの昼食は、幸が揚げた野菜かき揚げのてんぷらそばだった。そして、浅漬けが添えられていた。母親が姉妹に教えたカレーは、シーフードカレーだけだった。なぜシーフードかというと、煮込まなくていいからだという。もう一つ、千佳が作り、すずと食べたのが、おばあちゃんがいつも作ってくれた“ちくわ”カレーで、姉妹たちにとっては懐かしい味らしい。すずのサッカー友達の家が沿岸漁師で、仲間と一緒にしらすの釜揚げを手伝い、生しらすを土産にもらって帰宅し、三姉妹と丼にして食べた。佳乃が「生しらす丼はここでしか食べられないよ」と言い、すずもそれに合わせて「はじめて食べた」と答えた。しかし、すずは千佳に、ちくわカレーを食べながら、「私嘘をついていた。しらす丼はお父さんが仙台にいたとき作ってくれた」と話した。しらす丼は父親にとって鎌倉の懐かしい味だったようだ。ただ、すずが仙台で食べたのが、本当に生しらす丼で、普通のしらす干し丼ではなかったのか、映画でははっきり描かれていない。仙台で生しらすが手に入るかどうか、ネットで調べてみると、確かに名取漁港で手に入るらしい。名取は3.11東日本大震災で壊滅的な破壊を被った土地で、宮城県立がんセンターがあり、僕も一度訪問したことがあるが、海に向かって開けた大きな平地だった(がんセンターは少し高台にあった)。

 近所に「海猫食堂」という鯵フライがおいしい食堂があり、すずたちもサッカー仲間とよく出かけている。この食堂の女主人さち子(風吹ジュン)は資金面などで、佳乃の信金の世話になっている。さち子は末期がんに罹り、幸が担当しているターミナル・ケア病棟に入り、亡くなる。これが、映画末尾の葬式となる。

 ここまで書いてきたのに、すずが一番親しくしているクラスメートであり、サッカーのチームメートでもある尾崎風太前田旺志郎)についてなにも触れなかった。風太はすずに淡い想いを寄せており、すずもそれに気づいている。二人の関係は、少女コミックに出てくる、「あいつら二人は眼で合図しあっているぜ」とか、「お前ら、付き合っているんだって」といった少年や少女たちの会話の中身そのものである。僕は少年のときから、こういう話にまったく興味がなかったので、ここでも風太に触れなかったわけだ。しかし、原作でも映画でも、すずと風太のペアが「海街diary」の物語の基底を作っているのは間違いない。鎌倉の古い一軒家に住む三姉妹と青春入門のペアが織りなす軽い不協和音的なものが、僕にちょっとした刺激を与え、飽きさせないところのようだ。

追記:この映画の音楽を担当したのが菅野よう子で、NHK東日本大震災プロジェクトのテーマソング「花は咲く」の作曲家として知られる。

 

 

240130

プリオン[PSI+]による表現形質のheritableな変化

True & Lindquistは文献35において、プリオン[PSI+]が、酵母細胞のgenotypeとphenotypeの関係を支配するepigenetic mechanismの範疇に入り、いわゆるphenotypic plasticityの概念を広げることを、実験結果に基づき論じた。しかし、以下の点であいまいさが残った。

1.S. cerevisiaeには、[PSI+]の他にも何種類かのプリオンが同定されているが、塩酸グアニジン処理はそれらのすべて除いてしまう。それ故、[PSI+]だけの効果を見るには、塩酸グアニジンによる方法は使えない。

2.[PSI+]は翻訳終結コドンを読み飛ばしが起こるので、異常なタンパク質が生じるであろう。この異常タンパク質が細胞の表現型変化の原因かどうか。

3.[PSI+]プリオンはそれ自体でaggregatesを作るので、phenotypeに影響を与えるであろう(動物細胞のプリオンが引き起こす神経変性のような)。

 

これらの問題について、以下の対応をした(文献42)。

1A.SUP35遺伝子のNM領域(プリオン決定領域)を欠損させた株を作ることにした。また、別のプリオン[RNO+]の効果だけを見るのに、RNQ1遺伝子の一部を欠損させプリオン[RNQ+]の効果だけを除くこともできる。

 5V-H19の[PSI+]株は3mM paraquatに抵抗性を有するが、同じ株の[psi-]細胞は抵抗性がない。5V-H19株のSup35からNM領域を欠損させると、薬剤抵抗性は消失した。さらに、[psi-]細胞のSup35タンパク質に強いnonsense suppression能を付与した変異sup35C653Rを入れると、細胞は薬剤に抵抗性を示した。

2A. 5V-H19[PSI+]はHydroxyurea (HU)に対する感受性が[psi-]株よりも高い。[psi-]にnonsense suppression増強変異sup35C653Rを導入すると、HU抵抗性が弱まった。

3A. sup35ΔNM(NM領域の欠損変異Sup35タンパク質)とNM-GFPを[psi-]株に発現してもparaquat抵抗性は現れなかった(NM-GFPはaggregateを作る)。

 

5V-H19 [PSI+]は[psi-]よりも100mM hydroxyurea (HU)に対する感受性が高い。[psi-] sup35C653Rは[PSI+]よりさらにHUに対し感受性が高い。これらの結果は、Sup35にreadthrough機能を付与すると、薬剤に対する感受性が変かすることを示している。さらにいくつかの実験結果を踏まえて、著者たちは、[PSI+]に付随する表現形質は、translationにおけるread-throughによるもので、他のプリオンの存在あるいはprotein aggregationのせいではない、と結論をつけた。

 

5V-H19[PSI+]のparaquat抵抗性がtranslation readthroughによるものとしても、どのようなgenetic backgroundがそれを支えているかを調べるために、[PSI+]でも[psi-]でもparaquat感受性のD114-1A株と交配してみた。Tetradsが2:2に分離したのは、16tetradsのうち2つだけだった。多くは感受性が中間値を示した。すなわち、paraquat抵抗性になるには、translation readthroughに加えて、複数の因子が必要であることを示している。

 

[PSI+]-dependentな10mM caffeine抵抗性が[PSI+]-independentな抵抗性に変わることが認められた。5V-H19[PSI+]株をグアニジン塩酸処理あるいはHSP104欠損によって[psi-]に変えると、caffeine抵抗性は弱くなるが、残存した。5V-H19を[psi-]でcaffeine-sensitiveなW303とクロスすると、テトラッドの中に、[psi-]で強い抵抗性を示す個体が得られた。また、74-D694[PSI+]を74-D694[psi-](caffeine-sensitive)とクロスすると、[psi-]で抵抗性をしめす胞子が得られた。テトラッドの分離比は2:2でない場合が普通だった。同じcaffeine抵抗性でも、[PSI+]依存性の場合と、依存しない場合があることが明らかとなった。この違いは、genetic backgroundの違いに由来すると考えた。

 

以上の研究から、次の結論がでる。

1.genetic backgroundが変わらなくても、[PSI+]から[psi-]に変化することで、表現形質が変わることがある。つまり、[PSI+]はepigenticな機構によって、表現形質を買えることがある。

2.同じ[PSI+](あるいは[psi-])であっても、genetic backgroundの違いによって、表現形質が変わる場合もある。

[PSI+]と[psi-]は互いに10-5 to 10-7の低頻度で自然に変換する。したがって、大きな酵母細胞の集団には、異なる表現形質を示す個体群が共存している。このことは、環境の変動に対応し、適応する上で有効であろう。Hsp90の場合は、ストレス刺激を表現形質の選択継代によって、遺伝子allelesの組み合わせおよびepigenetic状態の変化を通じて、新しい表現形質が固定したが、プリオンの場合はsingle stepで新規表現型に至ることがわかった。

 

注:論文のFig.3aのparaquat 3mMはcaffeine 10mMの間違い(あるいは図の説明が間違っているか)。

  1. True, H. L. et al. Nature 431: 184 (2004)

 

240126投稿

今回は、新型コロナmRNAワクチンについて、最近出た論文を紹介する。

COVID-19 mRNAワクチンは実際にわれわれが何回も接種を受け、恩恵に浴してきた。2023年のノーベル生理医学賞が、Kariko博士とWeissman博士に授与された。このグループが開発したmRNAワクチンにはいろいろと工夫がなされていて、その一つがN1-methylpseudouridineを利用することであった。ChatGPT3.5によると、pseudouridineをuridineの代わりに使うと、①mRNAに対する免疫反応を抑制でき、②mRNAの体内における安定性を増加させ、③translationを改良する、と明快な説明がある。また、N1-methylpseudouridinについては、2022年1月までの知見によれば、という説明が正直に書いてある。N1-methylpseudouridineを利用したCOVID-19に対するワクチンの有効性は学術的に証明されている(例えば、Kim et al.の論文、Cell Reports, Aug. 30, 2022)。しかし、最近Cambridge大学が中心となって進められた研究は、N1-methylpseudouridineをmRNAに使うと、ribosome上でのtranslationの際に+1 frameshiftが起こるおこることを示した。その論文を以下に紹介する。

Mulroney, T. E. et al., 1N-methylpseudouridylation of mRNA causes +1 ribosomal frameshifting.  Nature 625: 189-194, 4 January 2024.

 

既に報告されているように、Ψ(pseudouridine)はmRNA stopを読み違える。一方、1-methylΨはそのようなmissreadingを起こさないようだが、タンパク質合成のrateを遅くし、mRNA当たりのribosome densityを増加させ、結果としてframe-shiftなどでtranslationに影響すると考えられる。modified ribonucleotidesがmRNA translationの正確性に与える影響についての知見は十分ではない。これらの知見の不足は、合成したmRNAを実際の医療に使用する上で障害となるであろう。実際に1-methylΨは世界中で使われているBNT162b2, a SARS-CoV2 mRNAワクチンなどに使われている。そこで、Cambriridge大学が中心となって行った研究の報告が出た。この論文では、1-methylΨを使うと、+1のribosome frame-shiftが起こることを、モデル系を使って証明した。また、BNT162b2ワクチンをマウスおよびヒトに接種したとき、spikeタンパク質の+1 frame-shift産物に対するT細胞免疫応答が起こることを示した。

 

まず、in vitroのタンパク質合成系で、1フレームシフトが起こったことを検出する系を構築した。ホタルルシフェラーゼ(Fluc)遺伝子から、コントロールとしてIn vitro-transcribed (IVT) mRNAsを作成した。次に、N端側の半分は正常のFluc配列だが、C端側の配列の前に1つ余分の塩基を入れ、+1 freme-shiftが起こるようにデザインした+1 frame-shift mRNAを合成した。後者のmRNAは正常に翻訳されれば、途中で1フレームシフトするので不活性のFLucができる。もし翻訳機構がなんらかの理由で、1つの塩基の読み飛ばしをすれば、活性をもったFLucが合成されるという仕組みだ。

 

FLuc+1FS mRNAをreticulocyte系でin vitro translationすると、活性のあるFlucは合成されなかった(Western blotで見ると、タンパク質は合成されていた)。1-methylΨ取り込ませたFluc+1FSmRNAをin vitro translationさせると、活性のあるFlucが合成された。この結果は、1-methylΨを含む+1 FSmRNAで1塩基読み飛ばしが起こったために、+1 FSのあるmRNAから活性のあるFlucが合成されたことを示している。1FS起こしたFlucタンパク質は、in-frameでtranslateされたタンパク質の8%に達した。また、HeLa cellsに上記のmRNAsをtransfectしても、1-metylΨを含むFluc+1FSmRNAから活性のあるFlucが合成された。

 

1-methylΨはBNT162b2, a SARS-CoV2 mRNAワクチンに使われている。マウスにBNT162b2を免疫し、SARS-CoV-2 spikeタンパク質 (overlappind peptide pools)および+1 FS産物 (peptides pools) に対するT細胞の応答を調べた。Splenocytesを+1FS spike productに対する反応をIFNγELISpot assayで調べたところ、BNT162b2免疫したマウスが明確な反応を示した。免疫していないマウスあるいは別のワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)を免疫したマウスのsplenocytesは反応を示さなかった。2種のワクチンを接種したマウスのsplenocytesはどちらもspike peptidesに反応した。

 

実際に   mRNAワクチンを接種したヒトのT細胞に1FSしたペプチドに対する反応性があるかどうかを調べた。ビオンテック/ファイザー社のBNT162b2ワクチン接種した20人とアストラゼニカ社のウィルスベクラーワクチンChAdOx1 nCoV-19を接種した20人、それぞれの血液細胞(peripheral blood mononuclear cells)が、1FS抗原と反応するか否かをIFNγ ELISpotテストで調べた。どちらのワクチンを接種した人の血液細胞もin-frame SARS-Cov-19 spikeペプチドに反応したが、BNT162b2を接種した人の細胞は+1FS抗原にも反応を示した。この+1FS抗原に反応する反応は、接種した人の性別、年齢、HLA subtypeとの相関は認められなかった。

 

+1 ribosomal frame shiftが実際にmRNAのどの位置で起きたのかを調べた。1-methylΨFluc+1FS mRNAをモデルに使った。このmRNAをreticulocyeの系でtranslateし、FSの結果生じたと考えられるメインバンドをゲルから切り出して、トリプシン消化ペプチドにし、LC-MS/MS(マススペクトル)解析を行った。その結果、6個のin-frame peptides(N端側にマップされる)と9個の1FS peptides(C端側にマップされた)を得た。予期したように、1methylΨFluc mRNAのtranslate産物からも、短いFS peptidesが少量得られた。これらは、1methylΨの影響と考えられる。

 

論文著者らは、このframe-shiftがどうして起こるのかを追求した。1-methylΨ WT Fluc mRNAとWT Fluc mRNAのtranslationを比較した。予期したように、modified mRNAのelongationが遅かった。Paromomycinを使った実験などから、著者たちは、1-methyΨ mRNAのtranslationが遅いのはribosomal stallingによるもので、このときamino-acyl tRNAが1-methylΨを1つ飛び越して、次のmRNAの配列に結合してしまうらしい(本論文の解説:nature 625:38, 2024 N&Vに図解してある)。この結果、FSが以降の配列に生じる。

 

1-methylΨ Fluc mRNAのin vitro translation産物の中に、Fluc+1FS mRNAの産物と同じサイズの短いペプチドを見つけた。mRNA配列決定から、この短い産物に相当する部位を同定した。その部位のmRNA配列には、3つのpotential ribodome slippery sequencesが認められた。aaag, uuuc, uuuuの3つである(このuは1-methylΨである)。この塩基配列は1つslipしても、それぞれ同じLys, Phe, Pheをcodeしている。BNT162b2-spike-mRNAの配列には、uuucが6か所、uuuuが2か所認められる。これらの配列が+1 ribosomal frameshiftのsitesと著者たちは考えた。

 

これらの配列を、In frameではコードするアミノ酸は変わらないが、1+framefhiftすると別のアミノ酸のコードになるように変える。それによって、ribosome slippery配列をなくしてしまう。つまり、aaag→aagg, uuuc→uucc, uuuu→uucuと変えた(コードが一つずれるとGlu, Leu, Leuになる)。

 

Aaagのsiteで1FSが起きると直後にstop codon (uga)ができてしまうので、1-methylΨによる1FSがここで起こったとは考えにくい。また、aaag→aaggと変えても、活性のあるレポーターFluc(+1FSが起こると活性をもつFlucが合成される)が合成されるので、このsiteで1-methylΨによる+1FSが起きたとは考えられない。後者2か所は、上記の配列変化によってレポーター活性が認められなくなった。すなわち、1-methylΨによる+1FSはこれらのsitesで起こったと言える。すなわち、上記の塩基配列の改変によって1-methylΨによるframe^shiftを防ぐことができる。この技術は、mRNAを利用する医療手法の開発に有用と思われる。

240111投稿

一昨日の記事について追記

ブログの読者は次の点に留意しておいてください。

Lindquistたちは、酵母の系を利用して、Hsp90によって隠されていたallele(対立遺伝子)が、ストレスによって新しい形質として発現し、選択継代を繰り返すと、ストレスなしに新しい形質が定着する、という結果を得ることはできなかった(文献38)。

彼女らは次のような結果に言及している。HIV感染者は日和見感染の治療のためにfluconazoleの投与を受ける。2年間のF投与を受けた患者から、F抵抗性のC. albicans株を単離した。これらのF抵抗性株は、GdAとCsA存在下にF抵抗性を減じた。39℃あるいは41℃でもF抵抗性は減じた。後期に単離したF抵抗性株のほうが、Hsp90依存性の程度が弱い(Hsp90非依存性のF抵抗性が発生した)。つまり、ヒトの体内でC. albicansがストレスを受けると、Hsp90非依存性の抵抗性株が増えた。しかし、同じ論文で論じているように、chronic stressによるgradual selectionではHsp90非依存性の抵抗性が生じる(薬剤排出機構の亢進など)。このHsp90非依存性は、ショウジョウバエなどの実験で見られた、genetic assimilation的な変化とは無関係である。

そこで、出芽酵母プリオンの結果を見てみる。

240108投稿

Hsp90酵母の表現形質に対する寄与

1. Lindquistによれば、Hsp90は少なくとも2つのルートで新しい表現形質の急速な進化に寄与している。

A) Potentiatorとしての作用:folding補助作用を発揮して遺伝的変異を新しい表現形質に作り上げる。例えば、前項で述べた薬剤耐性など。補助作用がなくなると、変異体によって作られた表現形質は消える。あるいは、酵素casein kinase 2は合成されるとき、Hsp90と複合体を形成することによって、構造が安定化され機能を発揮する(文献40)。Hsp90のこの作用がなければ。いまの形のcasein kinase 2はない。

B) Capacitorとしての作用:遺伝的変異が表現形質に変換するのを抑制する。そのため、変異の表現形質の基となる変異遺伝子をためることになる。抑制作用がなくなると、遺伝的変異による新しい形質が発現する。例えば、ショウジョウバエの翅のケースなどで、すでに述べてきた。

Jaroszたちは、Hsp90のこのような作用が、酵母の様々な形質にどう影響しているかを、網羅的に調べた(文献41)。

1.  野生酵母(Saccharomyces cerevisiae)をビール醸造所、患者、果物、土壌、ワインなど異なる源から得た102株を使った。それぞれを100の異なる増殖条件(阻害剤添加も含めて)で増やした。

2. 増殖のプロフィールはHsp90阻害剤radicicol(Rad)あるいはgeldanamycin A(GdA)を加えると変化した。変化の様子は両阻害剤で同じだった(変化はHsp90阻害の結果だった)。

3.変化の様子は野生株によって違った。しかし、一つの株についての結果はきわめてよく再現された。この結果は、HSP90がbufferしている変異がその株にもともと存在していたことを示唆する(阻害剤処理によって生じたのではない)。

4.QTL解析:実験室で使われてきた株BYとワイン用ブドウ園の株RMを掛け合わせ、104個のhaploid progeniesを得た。BY株とRM株はcoding sequence上0.5%の違いがある。ほとんどの遺伝子はpolymorphicである(2親株で同じ遺伝子でも型が違う)が、HSP90遺伝子はまったく同一である。

4-1.2つの親株の様々な増殖条件において、Rad(あるいはGdA)添加に対する感受性を調べたところ、多様な結果を得た。また、子株もきわめて多様なRad感受性を示した。このことは、子株に多数のHSP90依存的なallelesが遺伝的に分配されたことを意味する。注:薬剤排出ポンプや薬剤作用を消去する機構はこの解析では無視していい。

4-2.このかけ合わせによって、mapできなかったHSP90依存性のQTLsもあった(例えば、trichostatin A感受性)が、多くのQTLsはmapできた。①44 QTLs (quantitative trait loci)がHSP90阻害剤を加えると、消失した(HSP90のpotentiator作用)。②63 QTLsがHSP90阻害剤を加えると、出現した(HSP90のcapacitor作用)。

4-3.QTL解析の1例:HSP90によってRMゲノムに隠されていたrapamycin resistantな性質。子細胞では、該当する領域の塩基配列がRMあるいはBYであってもrapamycin感受性であった。しかし、RM配列の子細胞はHSP90の作用を減らすと、rapamycin抵抗性になった。この領域には8個のgenesがあるが、HSP90依存性の性質は、その内のNSF1遺伝子によることがわかった。NSF1(cysteine desulfurase)はtRNA thiolationのsulfur donorとして機能する。同じtRNA modification pathwayの遺伝子の変異がrapamycin sensitivityを与えること、NSF1はHSP90依存的に機能を発揮すること、などから、このHSP90によって隠されたrapamycin resistanceはnsf1変異によるものであると考えられる。HSP90がタンパク質レベルでnsf1タンパク質と相互作用してその機能を修飾したものであろう(epigenetic反応を仲介していない)。

4-4.Hsp90がDOC抵抗性を付与する場合(RM):RadでHsp90を阻害すると、DOC抵抗性がなくなる。子細胞では、同定したQTLがRM株の配列をもつ場合、DOC抵抗性で、BY株配列の場合、DOC感受性であった。このQTLsの責任遺伝子はPDR8で、転写因子をコードしている。しかし、RM配列がDOC抵抗性になるのに、Pdr8タンパク質が直接HSP90と相互作用することが必要であるというデータは得られなかった。

4-5.HU抵抗性を支配するlociが第3番目のQTL(BY):Hsp90を阻害すると、HU抵抗性が現れる。遺伝子はMEC1である。HUは細胞内のdXTPの濃度を低下させ、DNA合成を阻害する。MEC1はDNA修復やcheck point経路の調整を行う。Mec1タンパク質はHSP90の直接の反応相手らしい(間接的証拠から)。

4-6.CDNBに対する抵抗性を隠す場合(RM):この変異はRM株では隠れているが、Radを加えると抵抗性が出現する。このQTLは遺伝子NDI1(oxidoreductase)と同定されたが、NDI1の遺伝子多型はORFではなく3’UTRにある。RM型ではHSP90レベルを下げると、CDNBストレスによってNDI1 mRNA発現が100倍にも上昇する。この結果は、CDNBに対する抵抗性出現をうまく説明できる。NDI1mRNAの安定性変化か?

4-7.これらの結果から、Hsp90は20%程度の潜在的遺伝子多型の形質発現にかかわる(すでに酵母が有する形質を維持すること、および逆に新しい形質の発現を保証することを併せて)ことが明らかになった。

[補足]種が変化しないで長期間安定に維持される一方で、短期間に多様化するのはどうしてなのか?遺伝的変化と表現型変化は環境ストレスを介して連鎖しているが、タンパク質のフォールディング緩衝物としてのHsp90は種の平衡と変化を支配していると思われる。しかしながら、Hsp90に関連する形質の性質や適応度については未知のところが多い。生態学的にも遺伝学的にも多様な酵母において、Hsp90関連形質が普通に存在し、しばしば適応的であることを、Lindquistたちは見出した。それらの大部分は既存の変異(よく似たcodingおよびregulatory配列にある形質を支配する分子多様性)を基にしている。

  1. Miyata Y & Yahara I, Biochemistry 34: 8123 (1995)
  2. Jarosz DF et al. Science 330: 1820 (2010)

240103投稿

雑録3.夜寝床で読む本

昔は、外国の探偵小説の翻訳版を読んだりしていたが、いまは酒を飲んで寝床に入るので、数ページも読めば寝てしまえる本がいい。中でも、よく読んだのが、小林勇の「山中独膳」である。小林勇岩波書店創業者岩波茂雄の娘婿であり、同社会長を務めた。本を作る裏方の一方、文も書き、日本エッセイスト・クラブ賞を受けた。幸田露伴三木清寺田寅彦などの知識人と親しくしていた。

食べ物好きで、それを文章にしたのが、本書である。一読すれば分かるように、小林は偏屈でこうるさい、いやな親父である。名のある天ぷら屋の主人がエビを揚げ、「まず塩であがってください」と言ったのに対し、天つゆとおろしで食べるのが好きだった小林は腹を立てて、「さしずはよせ」などと怒鳴ったりした。また、食事の時に出てくる漬物に、仲居が醤油をかけたりするのと、怒りまくる。しかし、こういうことを自分で書いているのだから面白い。

この本の後半がこの本のタイトル「山中独膳」で、小林がひと夏、北軽井沢の岩波の山荘で独居した日録である。1970年7月22日(小林69歳)早朝、運転手付き自家用車で鎌倉の家を出て、軽井沢に向かう。熊谷の峠茶屋(この本では、「峠の茶屋」となっているが、「峠茶屋」が正しい)に寄って、小林は肉豆腐と豚汁、卵、ビール小瓶で朝食とした。僕も昔、長距離運転手向けのこの店で、豚汁定食を食べたことがあるが、暖かくておいしかった。朝のうちに北軽井沢に着き、別荘での一人暮らしを始めた。掃除、洗濯、風呂焚き、3度の食事つくり、など家事は全部自分でやる。小林の料理の腕は、口ほどではないにしても、なかなかのもので、生きた鯉を料理したりする。

北軽井沢では、まず村の主的存在だった野上弥生子に挨拶し、別荘滞在中の谷川徹三夫妻や俊太郎と近所付き合いをする。もともとは大学村としてできた別荘地なので、大変文化的な環境だが、このエッセイには主に食べ物のことが書いてある。

朝食、トマトジュース、牛乳、パン一切れ、トマト1個など。昼食は、そばをゆでる。わかした風呂に入ってから、夕食は、瓶ビールで始まるが、その後で飲む酒のことは書いてない。鶏の腿肉塩焼き、焼いた鱒、えんどう卵とじ、ふだん草、その他、スモークサーモンなどいろいろ。豚三枚肉の角煮を作ったり、200gのビーフステーキを焼いたりもしている。これだけ食べても、晩酌の酒のことは書いてない。また、漬物にはふれているが、飯のことは書いていない。生きたどじょうを手に入れ、丸煮を作った晩もある。

北軽に来てしばらくして、東京で孫が生まれたという電報を受け取った。よろこんで電話をかけるので店のあるところに出かけ、ついでに生きた鯉をもらった。早速料理した。まず眉間を出刃の峰で一撃しおとなしくさせてから、あごから6枚目の鱗のところに包丁を入れて切った。濃緑色の胆を注意深くはずし、料理している。鱗も肝も骨以外は全部食べてしまう。なかなかのものだ。

僕がこの本から教わった食べ物のレシピが一つある。北軽井沢にはユウスゲがあちこちに生えている。立原道造が詩に詠んだ「わすれぐさ」のことだ。小林は、ユウスゲの花を10個ほど摘んで、さっと熱湯にくぐらせ、冷水にはなす。それを酒と酢半々で食する。僕は2000年から12年間ほど、長野県伊那市の手良というところに住んだが、夏には、その家の庭先に沢山のユウスゲが花をつけた。それを摘み取って、小林にならって食した。これは酒がなければ意味のない食い物だった。小林は谷川徹三に教わったと書いているが、静かに酒を飲むには、これ以上のものはないと思った。

小林は、いろいろなものを料理し食べ、散歩したり、野上や谷川を訪ねたり、手習いや絵筆をとったりして、ひと夏を過ごし、9月8日に、親しくしていた国立がんセンター総長の久留勝の死を契機に、山荘を閉じて、鎌倉に戻った。僕は、小林がなんとも素晴らしいひと夏を過ごしたと思った。

 

 

ユウスゲの花の酢の物


追記231231

HSP90は特定の表現形質をつくる(potentiation)

HSP90が変異遺伝子の表現形質を支える場合もある。例えば、出芽酵母の野性株を高濃度の代表的抗菌剤であるFluconazole(以下FLと略す)で処理すると、低頻度ながらHSP90を高発現しているFL抵抗性株がすみやかに出現する。単離されたFL抵抗性株は普通に酵母が増えている状態では安定な性質であるが、抗Hsp90剤で人工的にHSP90の発現を低下させると抵抗性の形質を失う。薬剤FLは、菌類の主要なsterolであるergosterolの生合成にかかわる酵素Erg11を阻害し、有害な中間体を蓄積させる(抗菌剤が効く理由)。この有害な中間体の蓄積にはergosterol生合成に必要な酵素ERG3が必要であるが、単離されたFL抵抗性株はすべてerg3変異株であった。ストックしてあった4,700種類の遺伝子欠損株を調べたところ、11種の遺伝子の欠損株で、HSP90依存性のFL抵抗性を増強が認められた。それらの中には、カゼインキナーゼ2遺伝子(CKA2)の欠損株のように、ergosterol生合成には間接にしかかかわらない遺伝子変異も含まれていた。さらに、これらのFL抵抗性株では、HSP90はcalcineurinを介して有害な中間体の蓄積を防いでいるらしい。すなわち、出芽酵母の抗菌剤抵抗性は、かなり多様な遺伝子の変異とHSP90の作用を利用して生じたと言える。このような薬剤抵抗性は、CandidaやAspergillusにも認められるので、広く菌類に保存された環境適応法の一つと思われる。