2026年2月8日 投稿
柄谷行人「力と交換様式」のノート
序論
1.上部構造の観念的な「力」
柄谷は前著「世界史の構造」で、生産様式から交換様式への移行を提唱した。マルクス主義の標準的な理論では、生産様式が土台であり、それが政治的・観念的な上部構造を規定しているとしている。しかし、柄谷は社会構成体の歴史のベースには、生産様式だけでなく、交換様式があると考えた。交換様式には次の4つがある。
A 互酬(贈与と返礼)
B 服従と保護(略取と再分配)
C 商品交換(貨幣と商品)
D Aの高次元での回復
柄谷がこう考える理由は、社会構成体の歴史を見ると、下部構造(生産様式)が上部構造(政治・国家)を規定しているとするマルクス主義の見方では、説明できないことが多すぎたためである。
マックス・ウェーバーは史的唯物論を原則的に認めながら、観念的な上部構造の総体的自律性を主張した。例えば、マルクス主義では、近世の宗教改革(プロテスタンティズム)を資本主義経済の発展の産物として見るが、ウェーバーは逆に、それが産業資本主義を推進する力として働いたことを強調した。エミール・デュルケームとフロイドも経済的下部構造に還元されない観念的上部構造の力を見てきた。しかし、ウェーバーもフロイドも、上部構造の観念的な「力」が、経済的下部構造、ただし生産様式ではなく交換様式から来るということを見なかったのである。一方、マルクスはそれを「資本論」で見出した。
2.「力」に敗れたマルクス主義
カール・マルクスの死後、エンゲルスは、労働者階級が富を独占する少数者を打倒した後、政治的権力を手にする必要性を論じていた(1883年)。実際、ボリシェビキによる十月革命の後、政治権力が確立したが、その結果、資本主義的生産様式は廃棄されたものの、国家は消滅するどころか強大化し、スターリン主義に帰結した。
イタリアのグラムシは、国家権力の強さが、単に暴力的強制によってではなく、服従する者たちの自発的な同意によって成り立つと考え、それをヘゲモニーとよんだ。つまり、政治的・イデオロギー的の上部構造は、経済的下部構造に規定されるとはいえ、自律的な力をもっている、ということである。
また、1930年代のドイツにおけるナチズムの勝利は、旧来のマルクス主義者が軽視していた国家・ネーション・宗教など「政治的・観念的上部構造」に存する「力」に敗れたことを意味する。フランクフルト学派の哲学者は、マルクス主義の基盤を再検討する方向に向かった。このとき、彼らは、それまでブルジョア的心理学として否定していた、フロイドの精神分析学を導入した。1960年代にフランスにおいて、アルチュセールが行ったことも、類似する。彼は、ラカン経由であるが、フロイドの精神分析学を導入して、それまでの史的唯物論の難点の解決をはかった。フロイドは、複数の原因が収斂して結果が生じることを「重層的決定」とよんだ。アルチュセールは、観念的上部構造は、経済、政治、イデオロギーを含む土台によって重層的に決定されるとした。
これらに対し、柄谷は、土台をなすのは多様な生産様式の重層的組み合わせではなく、交換様式Bによって生まれる力であると論じている。上部構造に付与されている「力」がどのように生じるのか、を問わねばならない。