2025年3月17日 投稿
第4章アソシエーショニズム
5.株式会社と国有化
マルクスは共同組合・連合的生産に資本に対抗する萌芽を見ていたが、その限界にも気付いていた。この限界を超える鍵を、株式会社に見出した。株式会社では、「資本と経営」の分離が生じ、株主は出資分に対する配当を受ける権利、経営に関する議決権を有する。しかし、生産手段などについての所有権は持たない。株式会社は資本を大規模に集積し、さらにそのことが労働の大規模な社会的“結合”(combination)をもたらす。協同組合ではこのようなことはできない。したがって、株式会社が達成したものを、連合的な生産様式に転換すれば、共産主義の生産様式になる。マルクスは、「株式会社は、共産主義に飛び移るためのもっとも完成された形態である」とエンゲルス宛ての手紙に書いた。
株式会社においては、株主(貨幣資本)・経営者・労働者というかたちになっている。現実資本は企業(法人)が所有し、経営者は労働者を組織し指揮するという「監督労働」(マルクス)によって賃金を与えられる賃労働者(ホワイト・カラー)となった。したがって、経営者と労働者が、株主(資本)の支配から離れて自立し、アソシエーションを形成する条件を、マルクスは見出した。しかし、「言うは易し、行うは難し」、である。現実においては、共同組合的な企業は、資本制企業の間で、競争に耐えられない。したがって、競争の基本となっている社会的諸制度、つまり資本間の競争に勝ち抜くためにはリストラや強制労働を許容する考え方を変えねばならない。これは、国家権力(暴力装置)が資本家と地主の所有になっている間はできない。そこで、労働者階級が一時的に国家権力を握る必要がある。これは、企業の国有化とは違う。
マルクスの考えでは(と柄谷は書く)、株式会社こそが「もっとも完成された形態」であり、それを協同組合(共同占有)のかたちにすることが社会主義なのだ。補記すれば、なんの形態かというと、「資本と生産方式」の形態であろう。したがって、それを国有化すれば、社会主義からはますます遠のく。社会主義陣営では、このマルクスによる、アソシエ―ション=共同組合による国家の揚棄という観点が次第に強くなってきた。柄谷は、その第一の責任はエンゲルスにある、とする。マルクスの死後、株式会社が巨大な発展を遂げたことを、エンゲルスは高く評価した(資本論第三巻)。この巨大な株式会社を国有化すれば、社会主義はすぐに実現できると考えた。以後、マルクス主義では、社会主義=国有化という考えが定着した。柄谷は、エンゲルスを批判するが、エンゲルスは生産過程(科学技術)の進展をマルクスより重視していたためでもある(と矢原は考える)。しかし、現実に国有化した企業は、科学技術の先端は走れないことは、歴史が示している。ただ、トランプが批判するように、国家が物的生産を補助し、不当な低価格で輸出することは、現実的な利益に結び付くが、これは低次元の別の問題だ。