2025年2月7日
前に紹介した論文に引き続き、アゲハ蝶の擬態についての論文を取り上げる。
A genetic mechanism for female-limited Batesian mimicry in Papilio butterfly
Nishikawa, H. et al., Nature Genetics 47: 405 (2015)
Papilio polytes(シロオビアゲハ)は、♀に特有のベイツ型擬態をもつ(図1)。♀には、非擬態型(cyrus)と擬態型(polytes)があり、cyrusは♂に似た模様を有している。Polyesは有毒なPapilio aristolochiae(ベニモンアゲハ)をモデルとする擬態型の模様を有する。この多型は、一つの常染色体上のH locusによって決められており、擬態型(HH or Hh)が優性である。

H locusの作用については2つの仮説がある。第一は、H locusには複数の密接に隣接する遺伝子(スーパー遺伝子)があり、それが多型の基となっている、するモデル。第二は、遺伝子発現の最上流に位置し、下流にリンクしていない一連の発現調節遺伝子を支配している、と考えるモデル。前回に紹介した研究によって、polytesにおける擬態表現型はchromosomal inversion(染色体逆位)によって固定されている遺伝子dsxによって制御されていることが、示された。つまり、機能的に関連する隣接する複数の遺伝子群とするスーパー遺伝子モデルは否定された。
dsx遺伝子の構造
本研究では、P. polytes(シロオビアゲハ)の非擬態型(syrus)と近縁の亜種P. alphenor(オナシシロオビアゲハ)の擬態型を交配し、SNPsによるmappingを行い、H-locusにおける、dsx内の8 SNPsが擬態表現型と関連することを確認した。
P. polytesのdsx近傍にallele heterogeneityを示すhetero 130kb領域の存在を確認した。そして、H型では130kb領域がh型染色体とは逆向きに配置されており(H型のintron-exon構造もh型とは逆転していた)(図2a)。このことは、dsxの両側で逆位が起こったことを示唆している。また、hetero 130kb領域の多様性は、ゲノム全体のsingle nucleotide variationが0.252%であるのに対して、著しく高い29.3%であることが示された。さらに、また、dsx (H)のintronsがh型よりも長かった。これらの構造変化が擬態表現型を支配する遺伝子発現の変化に関係している可能性がある。複数の鱗翅目の種(ドクチョウ、カイコ、ナミアゲハ、シロオビアゲハなど)のゲノム解析の結果、オオカバマダラを除くその種の個体で、h-locusについてsimilarly oriented synteny(遺伝子の並びの保存性)がみられたので、H-locusはh-type chromosomeから派生したものと考えられる(図2d)。

石垣島および沖縄本島で採集した4匹のP. polytesのDNAのhetero_130 kb領域の境界領域を比較したとき、配列保存度が急激に変化する部分があり(図2b)、逆位境界点(break point)として同定した。H locusとh locusのdsxを比較すると、intron 2, 4, 5, 6およびexon 6が長い。これらの違いは、逆位が起こった後にH locusにinsertionおよびdeletionが起こって、維持されてきたものと考えられる。
逆位境界点近傍に3つのtranscriptsが同定された。転写調節因子UXT、H locusに発現するnon-coding RNA (U3X)、およびprospero geneの下流に位置するunknown transcriptである。これらは、擬態HH and Hh♀のwingで、非擬態hh♀より高発現していた(図3)。この結果は、逆位したH locusが近傍の遺伝子発現に影響を与えることが明らかになった。

HH♀およびhh♀のRNA sequencingの結果、どちらも既報(既に紹介したKunteらの報告)のように、3つのdsx isoformsが翅で発現していた。Lepidoptera(チョウ目)のdsx配列で、P. polytesに特有な5個のアミノ酸配列を確認したが、これらが擬態表現型において中心的役割を担っているのかもしれない。
Specific primersを用いたqRT-PCRの結果によると、dsx(H)はHH or Hh mimetic ♀の若齢幼虫で高発現し、dsx(h)は終齢幼虫で高発現していた(図3f, g)。Hh♂では、dsx (H)の発現がほとんど認められなかった。これらの結果は、逆位によって固定されたdsx(H)のcis regulatory changes(♀だけに生じる)が擬態表現型の形成に寄与していることを示唆している。
特異的siRNAによるdsx(H)のknock down:dsx(H)の機能
擬態型翅形成におけるdsx(H)の役割を確認するために、dsx(H)をknock downするが、dsx(h)には影響を与えないようにデザインしたsiRNAを利用した。生きた擬態型♀チョウの蛹を開いて、後翅の局所にelectroporation法によりsiRNAを注入した(図4)。siRNA注入によって擬態型の後翅の斑紋が壊れ、非擬態型の白帯模様が現れた(図5a)。さらに、dsx(H)のsiRNAを擬態型♀の早期蛹の後翅の局所に注入したところ、縁にあった赤紋が小さくなった(図5b)。これらの結果は、dsx(H)は擬態型の模様の形成を誘導するとともに、非擬態型の模様の発現を抑制していることを示している。RT-PCRによって、siRNAの効果が実際に局所のdsx(H)の発現を抑制したことを確認できた。


擬態型♀の翅で、dsx(H)をknock downしたとき、非擬態型の模様が現れたこと、および、擬態型をもたない関連種が存在することから、dsx(h)が基本構造を決めており、その特殊な変形が擬態型dsx(H)であると考えられる。この点について、本論文の解釈は複雑であり、分かりにくい。
Dsx(H)はHH型♂では、発現していない。では、♂にdsx(H)を強制発現させたら、どうなるか?擬態型の♂ができるかどうか?dsx遺伝子の性決定における本来の役割と関係しているのかもしれない。