2024年10月25日 投稿
オオシモフリエダシャクの工業黒化の原因
生物の環境適応の例として、イギリスにおけるオオシモフリエダシャク(Biston betularia)の工業暗化がよく知られている。本来、この蛾の体色は白地にまだら模様の入った淡色で(Typica)、とまる樹の幹の明るい色を利用した、鳥類の捕食から逃れるための保護色とされていた。ところが、産業革命後の石炭多用で生じた黒色煤が樹の幹などを黒化させたが、それに適応するように、この蛾の体色が黒化した黒色型(carbonaria)が増えてきた(19世紀中頃)。以後の50年間に暗色型は増え続け、全体の90%を占めるに至った。しかし、煤煙排出の抑制によって、1970年代以後、減り続けている(文献1)。
以後、今回紹介する論文(文献2)の記述に従う。linkage and association mappingによって、黒化の原因となる遺伝子変異(carbonaria)の存在部位は、400kbの領域に限定された(図1a)。この部位には、Drosophila cortex (cort)のorthologueが含まれている。Cortの機能としては、meiosisにおけるcell-cycle regulationが知られているが、これはほんの一部であろう。黒化型の増加速度が早かったので、strong linkage disequilibrium(多くのallelesが黒色型の表現型にlinkしている)があり、黒化型に特有の配列を決めるのが容易でなかった。そこで、探そうとしている黒色型変異は、淡色型のhaplotypeに生じたはずである。そうであるとすれば、黒色型の原因となるhaplotype変異と挙動を共にする周辺のvariants(hitchhiking variants)があり、それらは淡色型にも存在するはずである。それらを除けば、黒色型に特有のvariantsが残ることになる。そのようにして、黒色型と淡色型の参照配列を作り、cortex遺伝子の最初の大きなintronに集中して存在する87の候補variantsを選んだ。さらに多くの淡色型の個体を調べ、85の候補を除外した。残った2つの候補の内、1つのSNP変異について淡色型283個体を調べた結果、除外した。残ったのは、1つ、黒色型の領域のthe first intronにあるa very large (22kb) insertだった(図1、2)。


このinsertは、2002年以来捕獲した野生の黒色型moths110匹のうち105匹に検出された。一方、淡色型283匹ではゼロだった。黒化型の表現型でinsertが検出できなかった5匹は、insularia alleles(homoだとときに黒化型に近い表現型を示すことが知られている)を有していると推測している。
Carbonaria insertは21,925 nucleotide longで、約9kbの繰り返しのない配列(接合部の370bの配列は除く)が2.3回繰り返されている(図1c)。このinsertはclass II (DNA cut-and-paste) transposable elementの特徴(詳細は略)を有している。そこには、約255および60個の9kb carbonaria transposable element (carb-TE)が存在しており、他のゲノム内でのcarb-TEのコピー数は少ない。したがって、このcarb-TEがBiston-specificであると結論できた。
105匹のcarbonariaと37匹のtypicaおよび35匹のinsulariaについて、carb-TEの両側200kbにわたって含まれる28のPCR fragmentsに含まれる119 polymorphic lociの遺伝子型解析を行った。Carb-TEを有するhaplotypeの50%は、外側の400kbの全領域で祖先型carbonaria haplotypeを保持しており、残りの50%は両側あるいは片側でtypica haplotypesと組み換えを起こしていた。carbonaria遺伝子座とマーカー遺伝子座の連鎖不平衡rd(独立でない挙動)は、遺伝子距離が増加すると、当然ながら、減少していた(図3a)。また、1970年以降、産業中心地でもcarbonariaが減少した。それに伴い、祖先型carbonaria haplotypeのブロックがtypica and insularia haplotypesに挿入されたまま残っていた(データ省略)。


Carbonaria系統が最初に報告されたのは1848年である(Manchester)。この報告には、carbonaria型は珍しかったが、それまで完全に未知だったとはされていない。しかし、carbonaria変異の発生した時期を実証的に明らかにすることは困難である。そこで、ancestral carbonaria haplotypeがgenetic recombinationやmutationによって集団に浸食する様子をsimulateした。Carbonaria haplotypeのrecombination patternから帰結されるcarb-TEのageを確率的に表した(図3b)。すると、carbonaria haplotypesのrecombination patternsの確率は1819年がピークになった。carbonariaの表現型を実際のデータ(図4)のred dotsに合うようにrandomに描いた(註:ここはよくわからない)。

では、carb-TEのせいで、cortexの発現に生じた変化の中で、なにが黒色化の原因となったのか、を調べた。まず、carb-TEの一部分がcortex transcriptsに含まれていないことを確認した。Biston cortexは多数のsplice isoformsとalternative first exonsを有する。著者たちは、exons 1A and 1Bで始まるranscriptsに注目した、なぜならば、他の多くのtranscriptsは発現が弱いか、形態特異性が認められなかったからである。しかしながら、1B full transcriptも1A-initiated full transcriptも、carbonaria変異を説明する要因という結論はでなかった。
Wing pattern melanization in Biston betulariaにおけるcortex geneの役割は不明である。Drosophilaでは、cortexはovariesのmeiosisに一義的に関与している。系統学的には、Biston cortexは、cdc20やcdh1(cell-cycle proteinsのubiquitination and degradationを促進する)のようにcell-cycle regulationに関わるlepidopteran genesのグループに属している。しかしながら、cortexがpigmentationやpattern formationに影響している可能性は今後の検討課題である。
- Current Biology, 32: R411 (2022)
- Nature 534: 102 (2016)
後記:ドクチョウの擬態放散のパターン切り替えにおいて、cortex geneが調節機能を発揮していることが、この論文に続いて発表されているので、次回に紹介する。