2024年10月16日 投稿

雑録:僕がした最初の研究

2005年11月1日、淡路島夢舞台で、文科省の特定領域研究班(吉田賢右さんが研究代表者)が主催する国際シンポジウムが行われた。その会の一日、夕食の後でリラックスした状態(酒が入った)で集まった参加者の前で話をする、いわゆるdinner talkを僕がするはめになった。普通の研究の話をしても面白くないので、若いころにした2つの研究の話をした(図1)。ところが、この話がまったく聴衆に受けなかった。お義理の質問が、1つか2つあっただけで、お開きになった。僕は、講演は上手なほうだと思っていたので、いささか悔しい思いをした。後で考えてみると、講演は英語で、僕の話に出てくる専門用語は、参加者にとってはまるでなじみのないものだったのがその理由ではなかったかと、無理に納得してみた。

図1.chairpersonは永田和宏さんが勤められた。

 さて、いろいろと経緯があったが、1961年4月に、僕の大学院生としての研究生活が始まった。僕の指導教官は教授の今堀和友さん(その頃、理学部では、学生でも、〇〇先生という呼び方はしなかった)で、東大教養学部の第三本館(未完成)に研究室があった。与えられた研究テーマは、「poly-L-serineのpolymerの分子構造」という、僕にとってはまるでチンプンカンプンのものだった。ただ、前年に、G. D. Fasman & E. R. BloutがJACS 82: 2262 (1960) の論文が出ていて、それがお手本になった。味の素社からいただいたserineのOH基をacetyl化した(いまと違って、溶媒のdioxaneを何度も再蒸留し、金属ナトリウム箔で脱水するという面倒な手順が必要だった)。O-acetyl serineをphosgene gasを使って無水物にするのだが、このgasは毒薬で、第一次世界大戦塹壕の敵兵を殺傷するのに使われたもので、やっかいだった。いろいろ苦労した結果、これは誰かに教えを請わないとだめだ、と思い、今堀さんのつてで、金沢大学理学部教授の野口順蔵教授を訪ねた。実際には、助手の斎藤さん(名前は失念した)が教えてくださった。僕は実験については教わり上手だった。しかも、だれから教わればいいかが直観的にわかる(例えば、今堀さんからは、化学合成の技術については学べない)、という特技(?)を持っていた。斎藤さんは、まさに適任だった。僕は金沢滞在の2日間で、合成を習得した。かくして、実験を始めて、半年以内でpoly-O-acetyl-L-serine(PAS)を合成した。このpolymerの構造解析をしたが、既にFasman & Bloutがやっていたので、同じ結果になれば、方向転換する必要があった。ところが、違う結果が出た。

 ここで、なぜこの研究テーマを選んだかについて、説明する。この研究のアイデアはすべて今堀さんが考え出したもので、僕のアイデアは一つも入ってない。今堀さんは、いまでは誰も使わない、Optical rotatory dispersion(いまのcircular dichroismの基)という技術の世界でもトップの専門家だった。この技術は、不斉性を有するアミノ酸ポリマー(タンパク質)の構造を推測するもので、α-helixとrandom coilの二つの状態をとるとすると、詳細は省くが、以下の式で光の波長と比旋光度の関係が示される(公式1)。

公式1.

いくつかのタンパク質について測定すると、a0が+、b0がーとなる。このことは、測定したタンパク質がα-helixとrandom coilからなることを意味する。ところが、今堀さんがγ-globulinについて測定したところ、b0が0となった。そこで、今堀さんは、γglobulinにはα-helixとは別の立体構造があるのでは、と考えた。γ-globulinのアミノ酸組成をみると、serineが多い。そこで、serineのpolymerを作って、その構造をみようとなったわけで、この研究課題を僕が引き受けたのである。なぜ、そのような重要な研究課題を、駆け出しの大学院生の僕にやらせたのかは、たずねてもはぐらかされた。

 話を戻す。Fasman(当時Harvardの大学院生・後にタンパク質構造研究の第一人者)は、PASの有機溶媒溶液を石英板にこすりつけ、分子を配向させて、polarized infrared spectroscopyを行った。彼らは、infraの吸収のピークからβ構造であることを確認し、dichroismの結果からparallelβ-sheetであると結論していた。parallelβとは、分子全体の配向とpolypeptide鎖の配向が平行である構造である。ところが、僕が同じようにやったPASのスペクトルは、分子全体の配向とpolypeptide鎖の配向が直交する、cross-β structureであることを示した(図2)。この結果には、今堀さんはじめ皆驚いた。駆け出しの修士1年の学生が、polarizerの位置を間違えてセットしたのではないか、など、化学教室の他の教授などもよんできて検討した。しかし、僕の出した結果は間違いなかった。さらに、PASを石英版の上にスパーテルで強くこすりつけて配向させると、parallelβに近い分子配向になった。また、重合度の低いPASはparallelβ構造を示した。

図2.poly-O-acetyl L-serineの IR spectra(JACSの論文より引用)

 しかし、この結果に驚いてはいけなかったのだ。今堀さんが期待した、γ-globulinつまり球状タンパク質にβ構造があれば、当然cross-βしかありえないはずである。僕が合成したPASの構造が分子内β(図3)であるならば、分光学で得られる構造に関する、いろいろなparametersは溶液中のPAS濃度に依存しないはずである。75% chloroform-25% dichloroacetic acid溶液中で、PASはORD測定で濃度非依存的にβ=0を示した(図4,5)。また、Flow birefringence and viscosityの結果も濃度比依存的な測定値だった(丸山工作教授の指導を受けた)。また、PASのfilmのX-ray diffraction patternを測定し、cross-β構造を確認した(坪井正道教授と飯高洋一教授の指導を受けた)。

図3.分子内 crossβ structure

図4.僕の実験ノートより

図5.旋光分散の結果

 

 

 これらの結果を、米国化学会の機関ジャーナルJACSに発表した(図6)。なお、当時の僕の実験ノートの表紙を示しておく(図7)。他に2報論文を発表した。それなりの反響が内外の学会であったはずだが、僕にはほとんど関係のないことだった。ただ、今堀さんがpolymer scienceのinternational symposiumでしたこの話を、おなじsymposiumに参加されていたGerald Edelman教授が聴いていて、immunoglobulinの立体構造に関係ある話なので、興味を持たれた。このことが、後に、僕がEdelman研に加わる契機となった。実際、Edelman研では、植物タンパク質concanavalin AのX線結晶解析の仕事を、僕も少し手伝った。実際に、図8に示したように、concanavalin Aには見事なcross-β構造が含まれていた(immunoglobulinも同様に)。

図6.Journal of American Chemical Societyの論文

図7.僕の実験ノート表紙

図8.Concanavalin Aの分子立体構造と若い頃のEdelman教授



 この研究は、タンパク質の2次構造を扱ったものとしては非常に面白いが、立体構造をダイレクトに決める研究が大勢を占めるようになり、残念ながら後が続かなかった。